「我が円を踏むな」

直角三角形の直角をはさむ2辺のそれぞれの辺の長さを2乗したものの和は、その対角にある辺の長さを2乗したものと等しい・・・、これは有名なピタゴラスの定理だが、今夜は少し数学の話をしてみようか・・・。

ピタゴラスの定理は、その名前からピタゴラスが見つけた数学の理論だと思うかもしれないが、実はこの定理はかなり古くから経験上の法則として人々が知っていた知恵であり、古代エジプトでは3・4・5の割合の辺を持つ三角形を描くと、その3と4の辺が結ばれる角度が常に90度にしかならないことが分かっていて、これは例えば何かの高さを測るときにすでにつかわれていたようである。

またバビロニア、ここでも5・12・13の割合で描かれた三角形は、5と12の辺が結ばれる部分の角度が、やはり90度にしかならないことが分かっていた。
そしてこうした三角形の法則から、5を2乗したものと12を2乗したものをたすと、13の2乗になることも知っていて、しかもそれはすでにこの時点でもポピュラーな生活上の知恵だった。

ピタゴラスは勉強のため長い間エジプトへ留学し、またバビロニアへも行っていたとされることから、エジプトやバビロニアでこのことを知り、それを三角形の法則として証明していったのかも知れない。
そして面白いもので天才と言うのは地球上均等に現れるようで、これより時代は下るが、日本でもこのピタゴラスの定理の証明に成功したものがいて、その名は建部賢弘(たけべ・かたひろ・1664年~1737年)、彼は正方形上に2つの三角形を描き、その辺の1つから更に正方形を描く方法で、この定理を証明しているが、この証明の仕方はピタゴラスの証明とは別の証明方法であり、中国でも梅文鼎(ばいぶんてい・1633年~1721年)が、やはり建部賢弘と同じ方法で、ピタゴラスの定理の証明に成功している。

更にターレスと言う数学者が唱えた法則、三角形の内角の和は180度と言う理論だが、ターレスがどのようにこれを証明したかは分かっておらず、これを後年ピタゴラスが開いたピタゴラス学派では、平行な2本の線と、これに交わる1本の斜めの直線の関係から証明し、こうした証明とピタゴラスの定理の応用で、この世でもっとも安定し、美しいと言われる「黄金分割比」を求めだしたのであり、その比率は0・618対0・382となっている。

だがこうした比率は本来何も計算しなくても、全人類が共通して持つ人間の比率とも言うべきものであり、いかなる時代、いかなる民族であっても、やはり同じような比率をもっとも安定して好むことから、ピタゴラス学派の黄金分割比はむしろ自然、人間摂理の数値化と証明という側面を持っていたのではないだろうか。
例えば日本の和紙のサイズ、1対ルート2の現在のA版洋紙サイズ、または日本にある和室テーブルでも3尺に5尺(90cmX150cm)と言うサイズは、これに近いものと言えるのではないか。

また数学の歴史上初めて円周率を小数点以下2桁まで求めたのは、円を6角形の倍数多角形として考えて行ったアルキメデスだが、彼の求めたその最初の数値は3・1408<円周率<3・1428だった。
つまり確定数値ではなく幅がある答えなのだが、3・14まではここで求められており、これは偉大な発見と言える。

ただ、もともと円周率の1桁目ははるか昔から分かっていて、その数値は凡そ3であることは例えば4000年、6000年前から、こちらも人間の経験則から分かっていたものと思われるが、ソロモンの寺院建築記録の中には大きな洗濯桶の記録があり、そこでは「直径が10エレンなら、その周囲は30エレンである」・・・となっている。
またユダヤ法典でも、「周りが手の幅3つある物の差し渡しは手の幅1つである」となっていて、中国の古い記録でも「内径8尺、周2丈4尺」、つまりここにある1丈と言う単位は10尺であることから、8尺を3倍する24尺としているのである。

そしてこれはやはりエジプトなのだが、実はエジプトでは、はるか昔から円の面積を求める数式がすで存在し、これによってエジプトではアルキメデスよりはるか以前に、円周率が小数点以下まで求められていた。
アーメスのパピルスにはこうある。
「円の面積を求めるには、直径からその9分の1を引いて、2乗すればよい・・・」

そしてこれを計算すると、3・1604となっているのである。
エジプト人は経験から円周率を計算し続ければ、それが無限に連続する数字になることを知っていたようであり、惜しむらくはこの小数点以下の6だが、この計算式による円周率の精度は極めて高いと言わざるを得ない。

さて、今夜は少し難しい話になったかも知れないが、最後にアルキメデスの逸話を少し書いて終わりにしようか・・・。
当時ローマと対立していたシラクサ、アルキメデスはこのシラクサの軍事顧問として活躍し、投石器を開発、また太陽光線を反射させ、それを一点に集めてローマの艦隊を焼き払ったとも言われているが、こうしたアルキメデスの知恵も、何分多勢に無勢ではいかんともしがたく、ついにシラクサはローマ軍によって囲まれてしまった。

当時アルキメデスは幾何学を研究するとき板に砂をまいて、そこに図形を描いていたが、同じ状況であれば床にたまった埃の上でも同じように図形を描いていた。
ローマの兵士がアルキメデスの家へ押し入ったとき、アルキメデスは部屋の床にたまった埃で円を描いていたと言われている。
そしてそんなことを知らないローマの兵士は、アルキメデスの円をドタドタ踏んで入ってきたが、それに対してアルキメデスは「我が、円を踏むな・・・」と叫ぶ。
だが言葉が分からなかったローマ軍兵士はアルキメデスを切り殺してしまうのである。

円周率は現在でもその小数点以下が計算され続けている。
そしてそこに並ぶ数字だが、1から9までの、どの数字が一番多く出てくるかを見てみると、面白いことに、ほぼどの数字も均等に出てくる傾向にある・・・。

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。

2件のコメント

  1. 昔、何かの本で読んだのですが・・・
    普段から聡明な小学生の子どもが、いつも校庭でいろんな図形を書いて遊んでいたそうですが、ニコニコ笑って先生を呼んで「直角三角形の~~♪」て結局ピタゴラスの定理を普通に説明したそうです。
    何かの勉強で知った可能性も有りますが・・
    残念ながら、その子が、成長してどうなったかは、不明です。

    経済でも奇天烈なモデルを提示して或る集団を擁護する人達も居ますが、
    数学でも、まあ、趣味だからしょうがないですが(笑い)
    しょうもない証明に人生を掛けている人が、沢山いるようです。
    訳に立つ立たないは別にして、意外とそんな所に人生の意味が有ったりして(笑い)

    1. ハシビロコウ様、有難うございます。

      おかしなもので姿形のない音楽や宗教に人間は際限なく金を遣い、金にもならん事に命を懸けたがるもののような気がします。
      円周率が分かって一般の我々の何が変わるかと言えば目には見えない。しかしこうした努力は文明全体を底上げするものかもしれませんね。また円周率は今も計算され続けていて、その意味では今も進化、変化し続けている事を思うとき、なんとも不思議な感じがします。

      Windous10への移行がすべて終了いたしましたので、明日以降また通常どおり記事をupして行きたいと思います。
      以後もまたどうぞよろしくお願い申し上げます。

      有難うございました。

現在コメントは受け付けていません。