「漆の嫌気性とかぶれ」

私が 初めて漆と言うものを認識したのは、おそらくその樹木からではなかったかと思うが、幼い頃山で皮を剥くと妙にヌルヌルする木の枝を触って、その夕方には手が真っ黒になり、翌日を待たずして全身が痒くなり、そこから1ヶ月は漆かぶれに苦しんだ。

そして中学生の頃、親戚の自称大棟梁の誘いで住宅1棟分の柱に漆を拭くアルバイトをする事になったが、家業の農作業が嫌いで、それを逃れるためなら何でも良かった私は喜び勇んでアルバイトの現場に出かけた。

しかしそのアルバイトは自身の予想を超えた過酷なもので、夏の暑い日、空き地にビニールシートの屋根と囲いが付いただけの作業場で、ひたすら大きな柱に漆を塗り、それを布で拭き取る作業だったが、地面からは水分が立ち上がり、ビニールシートの中は40度を越える気温、そこで1人、手袋もせずに手を真っ黒にして「かぶれ」と闘いながら柱を拭く仕事をした。

漆かぶれは全身に広がり、夏休み期間中は毎晩針の山で転がってやりたいと思うほどの痒さに苦しんだが、それでも10日程で6万円と言う、当時子供が手にする体感価値では100万円近い価値の金を手にした私は、漆かぶれの痒さがそれで吹っ飛んだものだった。

今から考えると私が漆の世界にふらっと足を踏み入れてしまった、その動機はこのアルバイトで金を手にした時の「漆は儲かる」と言うイメージからだったかも知れない。

漆の「かぶれ」は基本的には火傷や日焼けと同じもので、外的要因に拠る皮膚のアレルギー反応の1種だが、アレルギー反応と言う点では食中毒に拠る発疹などとも性質は近く、反応には個人差が出てくる。

漆に弱い人とアレルギー反応が出にくい人が存在するのだが、これは修練や慣れで改善されない。

漆器職人が漆にかぶれなくなるのは漆への抵抗力より、むしろ修練によって手に漆を付けないようになる、或いは手に付着させてもすぐに拭き取って処理する術を身に着けるからだと考えられ、それゆえ漆にかぶれ易い漆器職人と言うものも当然存在する。

そして修練では漆に対する抵抗力は付かないが、こうした修練はその子供には遺伝として受けるがれる部分が有る。

漆に弱い漆器職人の努力はその子供には受け継がれ、ここで漆に弱い漆器職人に対して漆に強い子供と言う組み合わせが出てくるのである。

また漆のかぶれ、アレルギー反応は皮膚の柔らかい部分から始まり、目の周囲、首筋、腹部、そして大事なところと言う具合で、手に漆が付いてかぶれた時一番注意しなければならないのは、男女ともトイレに行った時で、ここで大事な部分がアレルギー反応の皮膚に接触すると、あっと言う間にかぶれてしまう。

漆のかぶれに対する処置だが、水で洗ってしまってはそれに拠ってアレルギー反応は拡大する事から水で洗ってはいけない。

昔は塩を塗り込んだり、蟹の煮汁を付けると良いとされたが、これらの成分は漆の非乾燥成分、漆が乾かなくなる成分である事から漆に効くと考えられたのかも知れないが、実際には漆が嫌いな成分と言うだけで、漆かぶれに対する治癒効果はまったく無い。

一番治癒効果が高いのは「体力」であり、現在ではステロイド薬品などが漆かぶれに効果を発揮しているが、こうした漆かぶれ専門の薬品は漆器産地の病院には置かれているものの、一般的には余り用意されていない為、もしアレルギー反応が漆かぶれと分かっている時には、漆器産地の病院で薬を処方してもらうのが一番早いかも知れない。

ちなみに私などは間違いなく漆にかぶれ易い職人の1人で、未だに風邪をひいていたり、睡眠不足、疲労していると目の周囲が真っ赤になって炎症を起こす。

一部では「漆器職人に向いていないのでは」、「修行が足りないのではないか」と言う声もあるが、いろんな意味でもっともな意見だと思う(笑)

 

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。

2件のコメント

  1. お金と漆かぶれを天秤に掛けて、お金が重かった(笑い)、未来は希望的観測が強く働き、あわよくば、かぶれることもなく、労働もヤワで、多額の報酬を期待したが、現実は予想外に厳しかった(笑い)

    好景気の頃、業界1、2位ぐらいの会社で自分にとっては、得意な業種で高額な報酬で数ヶ月アルバイトしたことがあり、最後は社員に見たいなお話しも匂っていたのですが、好景気が弾けるなんて、勿論思いもせず、今考えれば、勿体なかったとも思いますが、不景気になれば生え抜きでも整理対象でしょうから、悪いことばかりが続くわけでもないでしょうが、良いことが、続くわけでもない。

    自分じゃ向かないと思っても、他人はもっと向かなかったりして、難しいものが有る。器用貧乏という事もあるし、不器用だと、専心し易い気もする(笑い)。
    釣り友で船を仕立てて、沖で海が悪くなり、船頭が船酔いで、帰りたいと言ったが、本人は絶好調だった(笑い)

    ネット接続、とても独力じゃ無理そうでしたが、助けられて、ひとまずOKに成りました、これでも感じましたが、1人じゃ生きていける気がしない(笑い)

    1. ハシビロコウさま、有難うございます。

      船酔いする船頭は良いですね・・・。
      何か仲間に出会ったような、そんな嬉しさが有ります。
      天は自身が好きか否かとその才を一致させず、して才にしても全てを用意するわけでは無い在り様は深淵です。輪島塗も私がそれを目指したころは絶好調でしたが、その後の日本経済と一緒に、いやある意味最もそれを反映した下落を続け、今や農業と同じように伝統文化や伝承技術と言うよりも伝統芸能、観光客相手の見世物のような形かも知れません。金の匂いに誘われてこの世界に入りましたが、いやいや現実は本当に厳しかった(笑)
      PCの復活、本当に良かったですね。
      昔、皆がPCを始めていた頃、「俺はそんなものは必要ない」と豪語していたのですが、今やそんな私がこうしてキーボードをカチカチやっています。自身そうはなりたくないと思いながら、その内訪れた人の前でスマホからメールを送っている姿になるのかも知れない、それが少し寂しい気がします(笑)

      コメント、有難うございました。

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