「水玉模様のワンピース」・1

昭和46年(1971年)9月13日、この日、東京の某警察署(事件性の有無が曖昧な為、固有名詞は差し控えます)へ一人の男が足早に駆け込むと、受付にいた女性職員の前に土下座し、両手を合わせて高く掲げ、「人を殺しました、捕まえてください」と大きな声を張り上げたのだった。
その声は署内一階にいた全員が聞こえるほどの大きな声で、この声に周囲にいた巡査や刑事達は一瞬にして色めきたった。
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すぐに事情を聞くため取調室へ連行されたこの男、名前は益田祐三(31歳・仮名)と言い仙台は石巻の出身、6日前に橋野郁子さん(27歳・仮名)の首を絞めて殺し、死体は当時益田が日雇いで働いていた河川工事現場に埋めた、と言うものだったが、益田はひどく何かに怯えた様子で、刑事達が少し大きな声を上げただけで、体に電気が走ったようにビクっとなっていた。
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それで取調べに当たった刑事の一人が、益田に何でそんなに後ろばかり気にするのかと聞いたところ、益田は殺した郁子さんの姿があちこちで見え、それで恐ろしくなって自首したと言い、事の顛末を語り始めた。
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仙台から一旗上げようと東京に出てきた益田は大した職にもありつけず、土建の日雇い仕事で暮らしていたが、そんな益田がたまに安酒を飲みに行っていた一杯飲み屋があり、そこで働いていたのが郁子さんだった。
郁子さんは島根県の出身で、当時27歳と言えば女ざかりを少し過ぎた頃か、しかし童顔で小柄な郁子さんはどう見ても18、9歳ぐらいにしか見えず、なかなかの美人で、その一杯飲み屋の客達は殆どが彼女目当てに通っているほど人気が有った。
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益田もそんな郁子さんに熱を上げ、足繁く通った口だったが、やがてそんな益田の心を知ってか知らずか、郁子さんは故郷の母親が病気だと言うことで、益田から金の無心をするようになる。
益田も金は無かったが、そんな郁子さんのために金を使わないようにしては、彼女に金を渡していた。
しかしそんなある日、用事があって上野に出た益田は、そこで偶然、他の男と仲良く歩いている郁子さんの姿を見かけてしまう。
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益田としては彼女の親のために金まで出している訳で、当然そこにはいつか彼女と一緒になって石巻へ帰り、地道に暮らすのも悪くないか・・・、などと言う考えがあってのことだったが、その夜、一杯飲み屋の仕事を終えて帰宅する郁子さんを通りで待ち構えていた益田は、昼間の男のことを聞こうと、一人歩いてくる郁子さんに後ろから声をかけた。
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だが郁子さんはここで益田の顔を見ると、慌てて逃げるように足を速める。
「おい、待て俺は何も怒ろうと思っているんじゃないんだ、待てったら」
益田は慌てて郁子さんを追いかけるが、郁子さんは今度は走り出してしまう。
「おい、何で逃げるんだ、待て」
益田は逃げる郁子さんを更に追いかけ、ついには後ろから彼女の左腕をつかむ、これに慌てた郁子さん、思わず「キャー、助けて」と大声を上げたのだった。
思わずかーっとなる益田、彼が次に気が付いた時には郁子さんの上にまたがり、必死で彼女の口を塞ぐ自分の姿があったが、郁子さんは既にぐったりとして動かない、口に耳を当ててみるが、そこからは既に呼吸の音は聞こえていなかった。
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暫く茫然自失となった益田、しかし幸い周囲に人はいない、この死体は何とかしないと・・・、そう思った益田は彼女を背中に背負うと、近くにあった自分が働いている河川工事現場まで運び、そこで重機を使い穴を掘ると、郁子さんをそこに埋めた。
だが不思議なことはその翌日から起こってくる。
流石にあの工事現場へはもう行けないし、一杯飲み屋にも行けない、そこでまた仕事を探そうと、益田が世田谷方面へ向かって歩いていたときのことだ。
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少しばかり前を歩いているカップルがあり、その女の方が着ているワンピースにはどこかで見覚えがあった。
紺に白の水玉模様のそのワンピースは、もしかしたらあの日上野で見かけたときに、郁子さんが着ていたものではなかったか、益田はどうにも気になって仕方が無い、そこで暫くこのカップルの後を付け始めたが、意外にもその答えはすぐにはっきりする。
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その女は男と腕を組みながらゆっくりとこちらへ、益田を振り返り、ニコッと笑ったが、その顔は間違いなく郁子さんだったのである。
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益田は我を忘れてひたすら走って逃げた、そしてどこをどう帰ったのか分からないが、やっと自分が住居にしている木賃宿にたどり着く。
しかしこの日以降益田はもう眠ることができなくなってしまった。
夜、布団に入ると、天井のひと隅が少しずつ開いて、そこから目の部分だけ出して益田を見ているのは、誰あろう郁子さんだったのである。
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警察署に飛び込んだ益田は、もう身も心も完全にボロボロの状態で、それは自首などと言う殊勝なものでは無かった。
そうしなければ益田が郁子さんに呪い殺される限界のところだったのである。
話を聞いた刑事達は、初め固唾を呑んで聞いていたが、益田の話に「さもあらん」と頷いた。
                     
 「水玉模様のワンピース・2」に続く
T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。

2件のコメント

  1. 「水田玉模様のワンピース」1・2

    古典落語にも遊女その他が、誠を以て通う男と添い遂げる、と言う話が幾つかあるし、明治以降確実な話でも、市井の人も政府高官や経済界の大立者にも、そんな話は散見されるが・・
    お坊ちゃまで、ロクデナシで、出鱈目話が多かった、山口〇、もしかしたら遠藤周〇と言う作家は、好きではないが、何時だったか、ホステスは、漢字で書けば、『欲す徹す』(笑い)、勿論金に対して、は結構実相を言い当てていると笑えた。

    今でも、そんな話は掃いて捨てるほどあるが、恋は盲目なのか、知〇が少し足らないのか、過去からも世間からも学ばないで、お客の全員に発している職業上の優しい言葉を自分だけに向いている、と小さな誤解をして、それから発する事件は多そうだ。
    昨日まで持てないで、今日からモテたら、又は、日本で持てないのに、どっかの国でモテたら、自分の魅力ではなく、お金の力、だと解かっているのに、判らない振りをして、見たいものだけが見えて、自分から破綻したがる人は多いが、多分これも社会性も有るだろうが、DNA由来かも知れない(笑い)。自分から不幸に突っ込んで行く連中は多い、ウン十年引き籠りが、最低人口の1%位居るらしい。

    1. ハシビロコウさま、有り難うございます。

      この話も週刊誌に載っていた話を詳しく再現したものですが、どう考えても分からないことだらけなのですが、これでも非常に簡単な組み合わせが重なって発生したものかも知れません。

      コメント、有り難うございました。

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