第一章「放物線の右側」

少し古い統計になるが、日本に措ける企業の開業率と廃業率、つまり会社を興す率と、会社をが閉鎖される率を比べてみると、2001年から2004年までに付いて言えば、開業率4・2%、廃業率6・1%(総務省・企業統計)となっていて、廃業する企業が開業する企業を遥かに上回っていることが分るが、この傾向は1981年から1986年に付いて統計が取られた際に記録された、開業率4・3%、廃業率4%と言う記録を最後に、以後開業率が廃業率を上回る傾向を示したことはない。
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つまり日本の企業は確実に減りつつある訳で、凡そ1年間で新規事業が興される数は26万なのに対して、廃業していく企業数は39万社に及び、しかもこれは平均してここ10年ほど変わらずに推移してきたが、アメリカに端を発したリーマンブラザース問題による、世界的な混乱経済の影響を受けた日本の企業は、この2年間で更に激減して行った経緯がある。
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それゆえ、政府発表では日本の景気は回復基調にあると言う表現が使われても、それは例えばリーマンブラザース問題が発生する前と比較したものではなく、問題が発生した、その最悪の状況から見れば回復したと言う意味であり、本質的には10有ったものが1に下がってしまい、それが1・3になった程度のものでしかない。
そしてこうした状況の時が大衆にとっては一番苦しい状況なのであり、また回復したと言う言葉は適切ではない。
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冒頭の統計を見れば明白なように、日本経済は確実に先に行けば下がっていく傾向にあり、高齢化社会、人口減少などの社会的事情を鑑みれば、ここ少なくとも30年は多少の波はあっても基本的に下落基調は変わらない。
だとすれば事実は「回復」と言う言葉は有り得ず、それは下落率の問題となる。
つまり下がり方が急か緩やかか、と言う問題にしかならないのであり、ここではたとえ一瞬でも、過去の時点への回復は存在しないのである。
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またこうしたことを見えなくしてるのが、実は不景気であり、これは平均ベースで下がっているものが、急激な下がり方となった時、それが少し楽になれば回復したと錯誤されることによって感覚が麻痺する現象を起こすのだが、これが平均ベースでは下がり続けている事を忘れさせる。
その結果起こってくるものは、頭の中で描く「回復」と現実のギャップであり、ゆっくり落ちていく羽を止まったものとして考え、どこかに定める事が出来ないにも拘らず、止めて物事を考えるため、永遠に移動する本来あるべき地点、つまり下がりながらもそれを回復点とすれば、それが見えなくなるのである。
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そしてこうした事態で発生してくるものは政府や行政に対する不満だが、その背景にはこうしたギャップを考えない政府や行政の考え方の問題がある。
即ち対前年比、対前月比で物事を考え、言葉で自身が安寧してはならないのであり、実は未来へ行けば行くほど下がっていくその下降線、これは実は放物線の右半分を描くのだが、これを長期的に見る目が必要なのだ。
だからいつでも経済の世界では、政府発表と大衆の意識にはギャップが生まれ、そうした隙にも現実の経済は下降線を辿っていくのである。
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更に日本の経済には決定的な欠陥がある。
高度に進んだ成熟社会は、そこに商品とは別のクォリティを求める。
即ち焼肉を食べに行くのに、焼肉の味プラス店の雰囲気が求められるのであり、ここにコストがかかる日本の企業は、例えば日本国内向けに商品を作った場合、そのコストは割高になり海外で競争力を失い、逆に海外向けに商品を開発する場合は、それが国内のクォリティを満たさなくなる事から、国内販売が難しくなる。
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その上、こうしたクォリティに関しては政府や行政までもが細かく規制を加えている経緯があり、日本向け商品は大変厳しい規制が加えられている現状がある。
このためそうした規制をクリアするためにかかるコストと、日本での売り上げ総額を比較した場合、そのコストが利益を上回ることが判断された海外企業は、この4年の間に次から次へと日本撤退を始め、日本経済の冷え込みに拍車をかけているのである。
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またその企業の発足当初から海外への販路を持つ企業はありえず、いかなる企業もまず日本での販売を足がかりに海外進出となるが、日本向けに商品を開発してコストが上がってしまった場合、それが認められる日本では何とかなっても、国際競争力ではコストが認められず、結果としてその企業は日本国内の枠からは出られなくなる。
このことが日本製品の海外販売の足かせともなっている。
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そしてこうした現象を逆手に取れるのは、最先端の技術を持ち強大な資本を持つ企業だけになり、例えばそれはトヨタやユニクロホールディングなどの、大企業でしか有り得ない事から、日本経済はますます輸出依存、大手企業依存体質を深め、中小企業はその数を加速的に減らして行くのである。
                             第二章「青い海と赤い海」へ続く
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※ 本文は2010年6月13日、yahooブログに掲載した記事を再掲載しています。
T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。

1件のコメント

  1. 第一章「放物線の右側」
    第二章「青い海と赤い海」

    日本は、良い意味で飽く無き追求をして、品質を向上させるが、それが世界では奇異で有り、世界戦略と国内戦略は適当に均衡させて、自分だけ視点だけで見ないで、例えば国内用と先進国~中進国~後進国様と分ければ良いが、良かれと思って、その反対を遣っていることも良い~~♪

    全ての製品でもそうだが、駆逐艦でも年次が違えば、装備が違うだけでなく性能が違う、勿論善し悪しだが、戦争中だったら互換性が無く悪し・・平和時なら性能向上し良し(笑い)~~♪

    東南アジアで、洗濯機を買う時は、高所得者は、10年壊れる心配名がない、日本製を買う、中所得者は、5年位は多分壊れないが、それ以降時々修理が必要な韓国製を買う、やっと買える人達は1年も怪しい中国製を買う、それ以降未だ少しお金あれば保守するか諦めるか迷う、なければ迷わず、洗濯女を雇って、洗濯機は諦める~~♪
    日本製はややもすれば、20年壊れなかったりするここでも電子式より機械式が勿論好まれる~~♪

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