「正常と異常」・Ⅰ

 癌と言う病気は人を含めた哺乳類及び、魚類、両生類、植物、ショウジョウバエに至るまでの、殆ど全ての多細胞生物に発生するが、生物が単細胞生物から多細胞生物へと進化した過程で生物固有の機構、体制を維持するための、さまざまなメカニズムが同時に発展してきたにも拘らず、癌細胞はそうした機構、体制から逸脱した細胞であり、多細胞生物では逸脱していく機構それ自体が、細胞と言うものに本来備わっている機能と推察せざるを得ない。
つまり癌細胞は基本的に、初めから生物に組み込まれている細胞で有る可能性が高い。
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最初に癌を発病した人が手術などによって治癒した後、そのうち数%の人が再発や転移ではなく、全く新しい癌を発症するが、こうした「多重癌」の患者には一般とは違う要因があって、癌を発症するとも考えられているが、その原因についてははっきりしていない。
46歳から72歳までの26年間に、転移や再発ではなく結腸、盲腸、膵臓、胃、胆のうの癌をそれぞれ単独で発症した男性の例などがそうだが、これとは別に同一家族で癌患者が多発するケースもある。
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親子3代、12人のうち9人までが胃癌、大腸癌、肝臓癌などの消化器系の癌で死亡した例もあり、こうしたことから癌と言う病気の素因を考えるなら、癌を発症しやすい資質の遺伝が存在する事も想像に難くないが、実は癌は50%の人に発症すると言う現実を考えるなら、こうした2つのケースでは、そこに何らかの新しい因果関係を見出す事は出来ないと判断するしかない。
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ただごく希だが遺伝する癌も存在し、こうした遺伝性の癌には2種類が存在し、その1つは異常の原因が他に存在している為、それが原因となって癌を発症する場合、そしてもう1つは癌そのものが病気の中心となっているもので、遺伝性の癌とは後者を指し、ウィルムス腫瘍 フォン・レクリングハウゼン症候群、網膜芽細胞腫、多発性内分泌腺腫症、家族性大腸ポリポージスなどがそうだが、これらは何れも幼児期までに発症する癌である、
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癌は基本的には人間の体を作っている細胞が変化し、異常に増殖した状態、言わば「腫れ物」であり、この腫れ物を作る細胞を癌細胞と言い、この細胞は始めは正常な細胞から生まれた悪性の細胞であり、こうした悪性の細胞が増えて暴走を始める「細胞の病気」が癌である。
癌は初め、体の中のたった1個の細胞が癌細胞へと変化することから生まれる。
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そしてこうした癌に関係するウィルスや遺伝子について、人間や動物の癌の原因となっている「癌ウィルス」では「細胞を癌化する」と言う設計図が遺伝子の中に書き込まれていて、これはつまりウィルスに細胞を癌化する遺伝子が含まれていると言う事だが1976年、D・ステーリン(フランス)とJM・ビショップ(アメリカ)の2人は、ラウスが発見した「ラウス肉腫ウィルス」から初めて「癌遺伝子」を取り出すことに成功し、この癌遺伝子は肉腫を起こす遺伝子と言う意味で「サーク遺伝子」と名づけられた。
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またこうした見地から人間の癌細胞に付いても、癌遺伝子が細胞の癌化に関与しているのではないかと考えられ、1982年、R・ワインバーグらによって、人間の膀胱癌(ぼうこうがん)細胞から、初めて癌遺伝子が取り出され、この遺伝子を「ラス遺伝子」と言ったが、この遺伝子については、既にマウスの癌ウィルスから見つかっていた癌遺伝子だった。
以後さまざまな人間の癌細胞から、ウィルスでは発見されなかった新しい癌遺伝子も突き止められたが、現在その癌遺伝子は少なくとも60以上が確認されている。
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さらに驚嘆すべきは癌化していない正常な細胞の中にも癌遺伝子と同じ種の遺伝子が存在し、それが変化を起こしたものが癌遺伝子として機能していくことが分ってきたが、こうした正常細胞の遺伝子については、癌細胞の原形と言うことから、「原形癌遺伝子」若しくは「癌原遺伝子」と呼ばれるようになった。
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だがこの「原形癌遺伝子」は、癌ウィルスや癌細胞から見つかった癌遺伝子であるなら、シャーレの中で動物細胞(培養細胞)に取り込ませれば、実験的な細胞の癌化が起こるが、これが起こらず、この実験的な癌化のことを、自然発生する癌化と区別して「トランスフォーメーション」と呼ぶが、つまりは「原形癌遺伝子」はトランスフォーメーションを起こさない。
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癌遺伝子と「原形癌遺伝子」のこうした差異は、ラス遺伝子のケースでは、この遺伝子によってコントロールされているたんぱく質の、アミノ酸配列上の、たった1個のアミノ酸の置き換えによって起こってくるのであり、同様なラス遺伝子の変化は大腸癌、肺癌、乳癌、急性骨髄性白血病などでも確認されている。
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そしてこうした意味では、癌遺伝子が細胞の癌化に深く関与している事から、まるで生物には初めから癌になる素養として「原形癌遺伝子」が組み込まれているかのように思われるかも知れないが、それは違う。
確かに生物には初めからこうしたものが組み込まれているが、おそらくこの遺伝子もまた、生物がその生命を維持するために必要なものであることは間違いなく、その仕組みを解明していく事で、もしかしたら細胞の癌化に対するメカニズムが解明されるかも知れない、そうしたものだと思う。
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                           「正常と異常・Ⅱ」に続く
T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。