「うつむく男」・1

 1968年10月29日、アーカンソー州フォートスミスにある刑務所に一人の男が収監された。
男の名はジョアン・M・ウェイド、31歳の白人だったが、その罪状は2名の女性に対する婦女暴行及び殺人で、無期懲役の刑が確定していた。
通常こうした犯行に及んだ犯人には死刑が一般的だったが、このウェイドと言う男、実は言葉を喋ることが出来ず、またその素性も余りはっきりしないことから、強い精神病が疑われ、その結果無期懲役に減刑されたのだった。
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彼の両親は彼が14歳の時に離婚、彼は母方の両親、つまりウェイドにとっては祖父母の家に預けられるが、この祖父母も彼が22歳の時に事故死し、彼はそれ以降一人暮らしとなり、フォートスミス郊外の家具工場で働き始めるが、彼の仕事ぶりは結構優秀だったようだ。
しかし彼は簡単な挨拶以外誰とも口を利かず、また友人もいなければ当然恋人もいない状態だった。
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それゆえ近所の人も彼の姿こそはたまに見かけることはあっても、殆ど話をしたことが無く、どちらかと言うと不気味な男としての印象しかもたれておらず、女性殺人事件で警察当局がウェイドの家を捜索した時も、「やはりな・・・」と言う言葉しか近隣住民の感想は聞かれなかった。
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またその事件の異様さはウェイドの家を捜索した警官達にとっても始めての事で、どう理解して良いのか分からない状態でもあり、更にウェイドはどんなに厳しい取調べにも一切口を開かず、大きな瞳で相手を無表情に見つめたままだった。
ウェイドの家の二階には殺された2名の女性、何れも当時24歳、19歳の若い女性だが、彼女たちの死体が発見されたが、彼女達は首と腰、それに足をロープで縛られ、それが天井から寝ているような姿勢で吊り下げられた状態、見ようによっては部屋の空間に横たわっている様にも見える状態で見つかったのである。
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そして死因は2人とも一酸化炭素中毒、即ち車の排気ガスを車に引き込んで、その中に女性を監禁し、殺したのではないかと言う検死報告が為され、また2人ともその体内から、恐らくウェイドのものだろうと思われる精液が検出された。
これでウェイドが女性たちを暴行し、そして殺したのだろうと言うことになったのだが、それにしても疑問は残った。
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なぜなら彼女達は殺される4日くらい前から、頻繁にウェイドの家を訪問していて、それも2人揃っていつもウェイドの家を尋ねているのであり、また殺されたのも、2人の女性ともほぼ同時刻ではないかと推察されたからである。
だがこの女性2名は決して知り合いでもなければ、互いに住んでいるところも離れていて接点が全くなく、しかも家族から捜索願が出されて、2日後には警察がウェイドの家を捜索しているほど、ウェイドと彼女達の行動には警戒心がないのである。
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これについて、警察はついにウェイドからは供述を得られなかったのだが、弁護士がウェイドにYESNOで応えさせる形でその供述を得たものがあり、その信憑性には大きな疑問が残るものの、ウェイドの話を聞いて見るとこうだ・・・。
「彼女達は死にたがっていた、だから苦しまずに死ねるように殺してやった」
「俺は彼女達を助けてやったんだ」
そして彼女達に対する暴行について・・・。
「2人とも死ぬ前にそれを望んだんだ、だから2人は順番を待って、自分にそれを求めたんだ」
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更に弁護士の記述は続く、「どうして彼女達と知り合ったのか」
「それは、夢の中で出会ったんだ、そして俺は彼女達に自分の居場所を教えた・・・」
どうやら弁護士はここでウェイドから話を聞くことを止めているようだが、無理もない。
こんな話、子供でももっと上手い言い訳を考えるだろう、それゆえ結果としてこの弁護士が取った供述は裁判でも取り上げられることはなかった。
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さてそして収監されてからのウェイドだが、彼はいつも独房で下を向いたまま過ごしていた。
通常こうした監獄と言うものは数人が同じ部屋に拘置されるのが普通だが、何故かここでもウェイドには特殊な事情が発生していた。
大体ウェイドと同部屋になった者は数日を待たずして夜中に騒ぎはじめる。
それも「助けてくれ、助けてくれ」と夜中じゅう騒いで半狂乱になるのだが、これはどんな屈強そうな男でも同じだった。
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ウェイドの近くからは数人の男女が話す声が聞こえ、しかもそれが同時に何人も喋っているのであり、それでウェイドに「黙れ」と言って殴りかかると、その声たちは「そこだ、もっとやれ」と囃し立て、血みどろになったウェイドの顔は、まるで別人の様に変化していったのである。
T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。