「前を走るバス」

草津と聞けば大方の人は群馬県吾妻郡の「草津温泉」を思い浮かべるかも知れないが、実は滋賀県にも草津と言うところがあり、ここは古くから交通の要衝として栄えたところだが、その交通網の利便性から滋賀県の県庁所在地である「大津」(おおつ)よりも、少し離れたこの草津に営業所や支店を置く企業も多く、また日本の工場とも呼ばれるほどに、あらゆる企業がここに工場を置いている地域でもある。

1985年10月4日、その日滋賀県草津市内の大手家電メーカー製造部門に勤務していた橋本義之君(仮名・当時24歳・滋賀県守山市在住)は、どうにも生産が間に合わず、担当の係長から頼み込まれて残業になってしまったが、その残業がまた手間取り、更に残業をしなければならなくなって、結局何もかも終わって帰途に着こうと自分の車に乗り込んだのは、夜の11時40分になっていた。

「あー・・・、疲れた、早く家に帰って風呂に入りたい」

車のエンジンをかけた橋本君はハンカチに包んだ弁当箱を助手席に置くと、セブンスターに火を付け、カーコンポに好きなアバのミュージックテープを差込み、やがて工場から25分ほど離れた自宅へ向かって車を出したが、流石に昼間は交通量の多いこの道路も、国道ではないこともあってか、こうした時間ともなれば殆ど車は走っておらず、ノンストップ状態で次々信号をクリアして行く、橋本君はスムーズに車を飛ばしていた。

やがて後7、8分で家に着こうかと言うところに差し掛かったところ、ここは先ほどから比べると若干周囲に家も少なくなり、街灯もまばらになってくるのだが、その道路で前に信号が見えた橋本君、しかしそれが青信号だったことを確認した橋本君は、またアクセルを少し踏み込んだ。

だが妙な事もあるものだ、その信号は僅か2、3秒ですぐに黄色から赤へと変わって行き、これに慌てた橋本君は大急ぎでブレーキを踏み、車は横断歩道のほんの手前でやっと停止した。

「やれやれ、何て黄色が短い信号なんだ・・・」

橋本君はフーっと一息つくと、周囲の景色を見るかのように左側に目をやったが、街灯の下に薄ぼんやりと照らし出されたその場所はどうやらバスの停留所らしく、信号に気をとられて気が付かなかったが、そこにはバスが止まって乗客を乗せている様子だった。

「こんな時間にバスが走っていたかな・・・」

いつもこんな時間まで残業をすることが無かった橋本君は少し不思議には思ったが、そのままバスの上の方を見ると乗客らしい男女が10人前後乗車しているのが見えた。

しかし何か様子がおかしい・・・、乗客は明らかに座席が空いているにも関わらず、全員が何故か立ったまま乗っていて、しかもどうしたことだろう、みんなが橋本君を見下ろすように、こちらを見ているようだった。

帽子を被った初老の男性、白髪にパーマがかかった女性、黒ぶち眼鏡をかけた男性、それに長い髪には細かいパーマがかかった40歳くらいの化粧の濃い女性、彼等がみんな橋本君を無表情に見下ろしていたのだった。

「なんか変だな・・・」

橋本君がそう思ってみんなの視線から目をそらそうとしたその時、何とバスは右に方向指示器を上げ、橋本君の車の前に出ようとしたので、前の信号に目を戻すと信号は既に赤から青に変わっていたのだった。

「ここでバスを先に走らせると、バスはスピードを出さないから家に帰り着くのが遅くなる」

そう思った橋本君は大急ぎでアクセルを踏み、そして右にハンドルを切ってバスの前に出ると、更に加速してバスを引き離した。

「へへーん、バスぐらいに抜かれてたまるか・・・」

どんどん加速する橋本君、やがてもう3、4分で家に付くところまで来た時、今度は前方にまたトラックかバスが走っているようだったが、この距離から見ていてもその前方の車のスピードは遅く、おそらく40kmほどだろうか、「ええい、うざい、追い越してやれ」そう思ってその前の車との距離を詰める橋本君、しかし何故か次の瞬間彼は急ブレーキを踏んだかと思うと、やっとのことで車を左脇に寄せ、ガタガタ震える両手を太ももに押し込み、そして前を見ないようにとひたすらうつむき始める。

やがてどれほど時間が過ぎただろう。

それほどの時間は経っていなかったが、無限とも思えるほど長い時間が過ぎたのではないかと感じた橋本君が、恐る恐る顔を上げると、そこにはもうさっき前を走っていた車は、そのテールランプすら見えなくなっていた。

「そんなばかな・・・・」

橋本君がそう思うのは無理もなかった。

そうさっき前を走っていたのは橋本君が停留所で追い越したバスだったのであり、しかも尚且つ後ろかから近づいたバスの後部窓には間違いなく、薄明かりに照らされたあの髪の長い、化粧の濃い40歳ぐらいの女性が、相変わらず無表情に橋本君を見下ろしていたのである。

文字通り命からがらと言う感じで家に帰りついた橋本君、翌日会社に出勤すると、早速昨夜の出来事を皆に話すが、みんな「橋本、疲れてたんだよ」と取り合ってくれなかった。

しかし同僚の倉田幸次(仮名・26歳)と笠井昌男(仮名・23歳)、そして心霊には随分詳しいと自称する吉山聡子(仮名・26歳)が、一緒に行って確かめてくるからと言う事になり、そこで道案内としてもう一度2日後の夜、12時少し前、橋本君は彼等と1台の車に乗って同じ場所へと向かった。

だがこうして沢山人がいるせいだろうか、その近くに差し掛かってもバスなどは見えず、「ほーら橋本、恐い恐いと思うから変なものを見るんだよ」と倉田を始めみんなからからかわれていた橋本君、ところがやはり同じ場所でやはりあの夜と同じようにいきなり青信号が赤信号に変わった。

そして今度はブレーキが間に合わず、横断歩道を過ぎたところで車は停止したが、そこでこんな早く変わっていく信号はやはり変だと思った彼等は、恐ろしがって外へ出ようとしない橋本君を車に残し、周囲をくまなく調べたが、バスなどは近くに見えず、やはり信号機のせいかと思っていたところ、突然吉山聡子が変なことを言い出す。

「バスの時刻表だけど、最終は9時22分よ、それにねこの信号、押しボタン式じゃないの、ほら・・・」

吉山聡子が指差す先には確かに歩行者用の押しボタンが付いていた。

と言う事は誰かがこの押しボタンを押した事になるが、見ての通り誰も横断歩道を渡った者はおらず、また車に乗っているときもその周囲に人影など無かった。

「じゃ、一体誰がボタンを押したんだよ」

さっきまで意気軒昂だった彼等は一挙に背筋に冷たいものを感じ、吉山聡子の早くこの場を離れた方が良いとの言葉に、慌てて車に乗り込み、それからみんな黙ったまま、それぞれの家に帰って行ったのだった。

ところで翌年の3月、この信号機は場所を移動し、以前よりは20mほど離れたところに設置され、それに伴って横断歩道も移動したが、どうやら以前は夜になると信号機の誤作動が起こり、草津警察署には時々トラック運転手などからクレームがつけられていたらしいが、昼は異常が無かった事から気温差による接触不良ではないかと考えられた。

しかしどうにも原因が掴めず、そこで信号機そのものを交換し、やはり夜にテストしてみたが、同じように誰もボタンを押さないのに、車が通過しようとすると信号機は青から赤へ変わる。

しかもこの信号機が誤作動を始めるのは決まって夜の11時52分からだった。

対策に苦慮した関係機関は仕方なく場所を移動して信号機を設置したのだが、それから以降この誤作動は無くなったと言うことだ。

今信号待ちをしているそこのあなた、その信号はもしかしたら誤作動で赤になっているのでは・・・、ああ、これはいけない、押しボタン式信号機じゃないですか・・・・。

 

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。