「地震に対する警戒」2

関東大震災の時、その多くの人は川を遡ってくるイワシの大群に、皆がそれを捕まえようとして被災してしまいました。

地震発生に伴う前兆現象では魚やカニが大量に川を遡ったり、陸に上がってくることがありますが、これも注意を要する現象となり、場合によっては大型の魚などが大量に浜に打ち上げられることもあります。

また一番地震発生との関連性が指摘される「ハリセンボン」ですが、「ハリセンボン」が大量に死んで浜に打ち上げられた時、これが2度ほど続くときは、その15日後に地震発生の確率が高くなりますが、自然現象と地震発生との関係は常に30%ですので、こうした現象による予測は他の現象との組み合わせで判断する必要が有ります。

井戸水や沢水を水道としてお使いの地域、こうした地域では井戸水の水位が下がったり、濁ったりした場合はご注意ください。

特定の地域でこうした現象が現れるときは地震の発生が予想されますが、水温の上昇と共に地震発生数ヶ月前に現れることが多くなっています。

そして怪音現象ですが、この場合はドーンと言う雷のような音が、一定間隔で6時間以上聞こえる事になりますが、遠くで太鼓を鳴らしているような音や、時には発光現象も伴うことがあり、雷雲や飛行機などの加速音とは違って長い時間継続し、しかも音が一定間隔なので、誤認する場合は花火などが近くで打ち上げられていないか注意して判断してください。

この現象が現れてから地震が発生するまでの時間は平均で1週間ですが、時には翌日に地震が発生するケースが有り、しかもこの音は震源から離れた地域、具体的には1000km離れた地域でも聞こえることが有ることから、地面深くで発生している現象の可能性が高く、一般的に地面の震動がなく空気だけが震動する「空震」といわれる現象も同じものかも知れませんが、「空震」と地震の因果関係は今のところはっきりしていません。

今回一連の地震発生の震源となった宮城県沖はプレート境界震源、北部日本海溝震源域、金華山震源域が重なり、共に10年から30年前後の周期活動地震帯ですが、1896年、1933年には共に大きな津波により、多くの人の命が失われている震源域です。

その震源域にM8・8のストレス解放が起こった訳ですから、これから少なくとも一週間以内は、このエネルギー放出による離れた地域でのストレスの放出や、またストレス蓄積に警戒が必要で、場合によっては大阪、京都付近から以北では新たに大きな地震が発生する可能性に対して警戒してください。

また基本的にプレート境界の関係から、茨城県沖、千葉県沖の震源域と今回の地震はある種の連動性がありますが、その点では茨城、千葉県沖の震源域は今回の地震でも全てのエネルギー放出を終えていない可能性があり、こうした地域では更なる警戒をしてください。

そしてこうした地震のメカニズムですが、日本の地震は何らかの形でプレート地震に関係していて、その最大のものは南海プレートです。

南海プレートは凡そ100年から150年の周期でエネルギー放出、つまりは巨大地震を発生させますが、東南海地震、東海地震、関東地震にも影響を与え、南海地震発生前後50年は日本内陸部が地震の活動期になり、南海地震発生前は通常の3倍、南海地震発生後は通常の5倍の頻度で地震発生率が上がってきます。

1995年の阪神淡路大地震以降、日本はこの南海地震前の活動期に入ったものと推定されていて、更に今回のように大きなプレート上でエネルギー放出が起こると、もし千葉県沖や茨城県沖の震源域が完全にエネルギー放出を終えず、エネルギーを残していた場合、この地域が接点となっている関東、東海は南海プレートと関連の深い東南海プレートとの間で、二重の干渉を受けていることになります。

関東地震の震源域は100年周期のものと、400年周期もの、この2つが震源域になっていて、400年周期のものが大きな地震になりますから、前回1923年に起こった関東大震災がM7・9だったことから、次に来る関東地震の規模はM6・9の安政江戸地震並みだろうとの予測が立てられていますが、こうして宮城県沖の地震を鑑みるなら、そのエネルギーの蓄積が長く続いているとき、つまり周期が来ても地震が発生せず、日本海側でエネルギー放出が続いていた場合、その後発生する関東地震の放出エネルギーは従来の予測を上回る可能性が出てきました。

すなわち今後10年を考えるなら、関東地震の規模はM7を超える規模が予想され、場合によっては10年と言う単位は甘い予測となるかも知れません。

極端な言い方をすれば、関東地震は明日にでも発生する可能性を持っている事になります。

前回南海地震が発生したのは1946年ですから、次に南海地震が来るとしたら2045年前後になると推測するなら、今後日本は南海地震前の活動期地震と、こうした関東、東海、また東北に北海道南部と言った全ての地点で中規模から大規模地震に見舞われる可能性もあります。

1891年、明治24年10月28日に発生した「濃尾地震」では、国内陸地地震では最大規模のM8・4、死者7273名、倒壊家屋14万2177戸と言う凄まじい記録が残っていますし、太平洋戦争前後の日本は1943年「鳥取大地震」、1944年「東南海地震」、1945年「三河地震」、1946年「南海地震」、1948年「福井地震」と言う具合に毎年連続して大地震に見舞われていて、これは安政年間も同じです。

1854年12月「安政東海地震」、この翌日には「安政南海地震」が発生し、その翌年の1855年11月には「安政江戸地震」が発生しています。

これらのことを鑑みるなら、その時代の変遷に関わるような政治的混乱期には、大きな地震が連続する傾向があると言うことで、1993年、細川護煕内閣時では982名の負傷者を出した「釧路沖地震」、同じく死者202名、行方不明29人を出した「北海道南西沖地震」が発生し、その2年後の1995年、社会党と自民党の連立と言う信じられない連立が実現し、誕生した村山富市内閣では「阪神淡路大地震」が発生しています。

さらには2007年、小泉政権から移り変わった安部政権では、同首相が年金問題で四面楚歌になっているところに「能登半島地震」、「中越沖地震」が発生、その後も宮城県、福島県地震は連続していたのですが、ここに来て菅政権が完全に行き詰ったところで今回の宮城県沖地震です。

恐らく政治と地震は関係は無いと思いますが、それでも偶然でも一致する符号点が有り、尚且つ地震は経済的に落ち込んだときに起こり易いとも言われ、災害を大きくする人為的要因はその国の経済力による傾向があります。

どうか今後1週間は少なくとも日本全国的に地震発生にはご注意くださいますよう、またこれから先も恐らく大きな地震は発生しやすい状況にありますので、くれぐれもお気をつけてお過ごしください。

昔の記録で南紀を旅した貴族の残した手紙にはこう言う一文が有ります。

「この前、3年程前にはこの辺には白い砂浜と松林、それに漁村が有ったはずだが、どうしたのだろう、何も見当たらない」

歴史の中で名前すら知れずに死んでいった多くの漁民達、将来を約束した若い男女も有っただろう、一月前に生まれた子供もいただろう、そんな彼等の命が一瞬にして失われてしまう地震、我々人間はそこから逃げるしか方法がありませんが、行方不明になっている方々、どうかご無事でありますよう。

またこの地震で命を失われた方には、心より哀悼の意思を表します。

[本文は2011年3月12日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]

 

 

 

 

 

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。

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