「マンデルの奇妙な三角形」

「独立した金融政策運営」「自由な国際資本の移動」「固定相場の維持」、この三つの命題を同時に達成する事は出来ない。

これがノーベル経済学賞を受賞した「ロバート・マンデル」(Robert-Mundell)が1963年に提唱した「Mundell’s impossible triangle」(マンデルの奇妙な三角形)と言う理論だが、これに分析を単純化する為、小国でその国家の政策が他の国家のGDPや金利に影響を与えないなどの仮定条件を付与し、モデル化したものが「マンデル・フレミング・モデル」(Mundell Fleming model)である。

日本やアメリカは独自の金融政策を行い資本移動も自由だが、その代わりに相場は変動相場制である。

だがこれがEU(欧州連合)ではどうなるかと言えば、新通貨を採用しユーロ経済共同体となったEU加盟国は、自由な資本移動と言う命題は達成できているものの、単一通貨を採用している為に連合内では完全固定相場制となっていて、ECB(欧州中央銀行)が設立された事から、各国独自の金融政策が放棄されている。

また中国に至っては国際基軸通貨であるアメリカドルに対して固定相場を維持し、しかも独自の金融政策を行ってきていたが、こうした2つの命題を維持する為には国際資本移動を厳しく規制しなければならず、2005年からは管理変動相場制「管理フロート制」に移行し、投資リスクを幾多の銘柄を買って分散する様式と同じ、「通貨バスケット制」に移行している。

従ってこうしてマクロ経済を見てみるなら、マンデルの奇妙な三角形は一定の法則性を維持しているが、現在日本が行っている金融緩和政策はまさにこうした基本的な理論から始まっていて、マネタリー・ベース(通貨と民間金融機関が保有する中央銀行預け金の合計)の増加、所謂金融緩和は当初自国金利の低下を発生させ、資本流出を起こし自国通貨の下落を起こすが、こうした通貨下落は純輸出を通してGDPを引き上げる効果を生じせしめる為、有効な政策となる。

一方マネタリー・ベースを一定の水準に置いて行われる拡張的な財政政策は、当初拡大するGDPによって自国金利の上昇をもたらし、為に資本は流入してくる事になる。

この事から自国通貨の上昇は純輸出を低下させ、初期に行われた財政政策によるGDP拡大を完全相殺するまで純輸出は低下する為、マネタリー・ベースの増加の無い財政政策は無効に働くのである。

アメリカや日本が現在行っている財政政策は実は政策では無く、マネタリー・ベースの増加である。

特に日本は1993年以降あらゆる財政政策を講じ乍、それが効果を発揮しなかった原因はマネタリー・ベースの増加率が中途半端だった点に有り、更には国債金融市場の比較資本流入、簡単に言うなら国際金融市場が不安定化し、それによって自国国債市場が国内に集中している日本は、国際資本の避難先となっていたからである。

だが僅かな間に政権がコロコロ変わり、その政策も不安定化した日本経済は不安定な国際金融市場に対して、少しだけ劣性になってきた、つまりは日本の信用低下の効果が働き、ここに無制限の金融緩和政策が始まった事で円が急落、危ない綱渡りにも係わらず偶然にもマンデルフレミング・モデルが働いてきている。

また先にも出て来たように、日本国債はその市場が日本国内に集中している事から、日本よりは資本移動が容易なイギリスなどは、財政政策の効果が資本と共に海外に移動して経済効果を薄めるが、日本の場合は資本移動が国債に関しては殆ど無い事から、僅かな政策でも効果を発揮し易い環境に有る。

そしてこうした日本やアメリカと比較した場合、EUは全体としては自由資本移動、自由政策だが、加盟国それぞれの立場としては固定相場の凍結資本、それぞれの国家は独自の金融政策を放棄し、経済活動が活発な連合国内の特定国家政策に依存した無責任体質を生じせしめ、そうした不自由度が欧州経済の頭を抑え付けている。
これがEU経済危機の根源である。

更に中国経済は2005年まで施行していた固定相場経済が破綻し、仕方なく半自由貿易システムに移行したものの、その在り様は極めて不完全なものとなっていて、不正や贈収賄などによって発生する闇の経済が表の経済に影響し始め、その意味では二重経済になっている。

冒頭のマンデル三角形の都合の良い部分だけを享受し、70%の不自由度を残した経済は矛盾だらけとも言え、統制国家体制下での自由資本移動、変動相場制、独立した財政政策の結末は経済破綻か国家体制の破綻の二者択一になる。

中国は経済的な崩壊と共産党一党独裁制の崩壊の2つに直面している。
その上で今一度日本を鑑みるなら、確かにマンデル・フレミングの正統な効果の中に在る様に見えるが、三角形は成り立たない。

つまりは相場の安定はむしろ国家政策による効果よりは、経済や防衛で依存しているアメリカ経済と国際情勢によって効果が左右されやすく、加えて人類史上初の超高齢化社会である。
マンデルフレミング・モデルには超高齢化社会モデルが存在していない。

この意味では政策によるマイナス発展モデルが必要になるが、日本政府はこうした事を忘れている。
消費が減少し続け、その消費減少効果と高齢者福祉予算、農林業保護予算、災害復興予算を全て純輸出収益に求める事は不可能である。

それゆえマンデルフレミング・モデルで得られるGDP拡大効果は、こうした日本の現状によって相殺されるだけでは足りず、更なるマイナスを蓄積し、やがて気が付けば日本の円は紙屑となって灯油も買えず、食料も買えずに凍死、或いは餓死する国民が出てくる事になる。

国家が国民に為すべき最低限の責任は一つの家庭に同じく、女子供を飢え死にさせない事だと私は思っている。

[本文は2013年12月4日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。