「蒼天よ道を示せ」

仕事の材料を買おうと思い、長く付き合いのある地元商店に足を運んだおり、道を反対から行くと逆駐車になる事から、遠回りをして店の前に車を停めようと思っていたら、店の手前で反対側から車が来て、その車は方向指示器も点灯せずに私の車の前を横切り、逆駐車で車を停めると、中から30代くらいの男が降りてきて、「何か文句有るか」と言うような顔をして同じ店に入って行った。

仕方なく私は更に通りを一回りして、200mほども離れた所に車を停め歩いたが、ちょうど低気圧が通過中で横殴りの冷たい雨、店に着いた頃はすっかり頭から濡れた状態になってしまった。

そして店に入った私を迎えたのはくだんの逆駐車の男だった。
この店の息子だったらしく、家業を継いだのだろうか、さっきとは違う満面の笑顔で「いらっしゃいませ」と言うのだが、どうも今しがたの相手が私だとは気付いていないようだった。

また店は一人も客がおらず、置いてある材料も本格的なものは無く、僅かに置いてある物も全てが「まがいもの」だった。

それから少し急いで代金引換で送ってくれるように頼んだ品が有り、ついでにこれが届いていたら受け取って行こうと運送会社の事務所を訪ねたが、残念ながら品物は届いておらず、仕方なく帰ろうとしていたら、そこでも私と同じくらいの年代だろうか、女性が荷物を送ろうとやってきたのだろう、伝票を書きながら事務員相手に、自分こそがこの田舎で一番最先端をやっているかのような事を語っていた。

まあしかし、そこまでなら良く有る田舎の風景と言うものだが、それから後が凄かった。

私は彼女より先に事務所を出て、すぐに車のエンジンをかけていたのだが、それに負けたくなかったのか走ってきて軽四のバンのエンジンをかけると、こちらも既に動き始めている私の事などお構い無しに前を横切り、やはり方向指示器を点灯しないまま運送会社の駐車場から県道に出て行った。

一般的に進路表示違反は都会よりも田舎の方が多く、それは進路表示違反をしても、田舎の方が事故の確率が低いからだ。

阪神環状線や首都高速で進路表示違反を行えば直後から事故になるが、元々通行する車が少ない田舎の道路では進路変更時に表示点灯をしなくても全く影響が無く、それが習慣になっている者が多い。

前出の商店の男は確か地域の青年会議所に所属していたかと記憶しているが、彼が目指す経営の在り様とは如何なるものか是非伺って見たいものだ。
また運送会社の駐車場で、中古外車に乗っている私に対抗意識を燃やして走って行った女性は、確かにこの田舎の一番最先端と言えるだろう。

少し前の事だが、以前初期の頃に記事にもした事が有る、或る会社の事務員の女性が数年前に亡くなっていた事を知った。

彼女は私よりも5歳くらい上だったが、会社を訪れる人は宅配業者に至るまで嗜好や生活サイクルを記録していて、それに応じて出すお茶の熱さや菓子などにまで気を遣っていた人だった。
また事務所に社長が入ってきて商談などが始まると、自分は黙って暖房の無い廊下に出て行き、そこで待っている人だった。

私はこうした人を目標にしていた。
職業に忠実である事、お金を頂いている以上全力で与えられた仕事を為す人が好きだった。

今から30年ほども前、社長が仕事が忙しくなって株式会社にした時、その看板の製作を手がけたのが私だった。

当時駆け出しだった私に仕事をくれたのだが、それが全く専門分野ではない看板の製作で、私は結局鋳物で明治時代に流行ったような看板を作ったのだが、社長はこの看板で最後まで事業を継続し、辞める時にその看板を私に形見分けとして持ってきてくれたのだった。

そして事務員の女性は株式会社になった当時から社長の下で働いていたが、彼女の事務員としての働きが一番大きな会社の営業力だと社長は語っていた。
だが彼女はどうやら長い間体の動かない義母を介護しながら仕事を続けていたようで、頑固な姑が世を去って間も無く、自身もすい臓癌に侵され3年前に亡くなったと言う事だった。

今にして思えば彼女の繊細かつ、ある種徹底した接客の在り様は、どこかで自身が介護と言う経験を積まねば出て来ないような「深み」が有ったように思う。
が、それは自身も親の介護を経験してみて、初めて理解し得るものだったかも知れない。

この2年半で病院へ行く機会が格段に増え、父親の車椅子を押しながら病院の通路を歩く私は、すっかり受付の職員等に名前や顔を憶えられ、街で出会っても声をかけられるようになってしまった。

病院へ車椅子を押してやってくる者は圧倒的に介護施設の職員が多く、そうした中では私は珍しいのだろう。

また私は病院で気を付けている事がある。
それは通路を車椅子で塞がないようにする事で、これは同じ介護施設職員同士が通路に患者を乗せた車椅子を止め、ガハハと会話していて通れなくなる事が多いからである。

社会が人を壊すのか、人が社会を壊すのかはどちらが先か判断する事は出来ないが、一つ言える事はこうした市井の人々の在り様と、政治家や国会の在り様が同じに見える事であり、我が求める所はそこには存在していない。

例え小さな事でも、それに最善を尽くす。
これがやがていつか、大河となって流れていくものと、私は今も信じている。

尊敬し憧れた人々が次々失われて行く。
生きていると言う事は何と寂しく、恐ろしい事なのだろうと思う。
我が目線の先に追いかけるべき人の姿が見えない・・・。

蒼天よ、私は如何にすべきか道を示せ・・・。

[本文は2013年12月11日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。