「無制限金融緩和からの脱却」

もし其の国家の経済が閉じた状態で、人口に対する資源、食料自給率が100%であると仮定するなら、インフレーションが発生する原因は経済の拡大、人口の増加と言う事になり、逆に同条件でデフレーションが発生する場合は、人口の減少、経済が収縮して行く事を示す。

インフレーションは政府と企業に富が集まり、デフレーションは民衆に富が分散され、この状態はどちらにしても長期連続すれば経済が頭打ちになり閉塞感に繋がり、必ず是正しようと言う機運が発生する。

またインフレーションでは通貨供給過多で在る事から、自国通貨は他国通貨に比して下落し、デフレーションでは通貨供給が需要に対して少ない状態である事から、自国通貨は他国通貨に対して価値を上昇させる。

インフレーションもデフレーションも其の構造原理は単純なものなのだが、これは冒頭の条件のように入力データが安定しているからであり、実体経済はこのように簡単ではない。

インフレーションに関して、あらゆる物資、食料の自給率が100%の国は存在せず、鎖国状態の国家も存在できない。

この事から、世界を席巻するインフレーションは内在要因ではなく、常に一部、若しくは全てが外的要因に拠って発生する為、冒頭に掲げた原理だけ観ていては必ず判断を誤る。

これが何を意味しているかと言えば、原因が自国の外に在るなら、例えば為替介入などしても全く効果は無いか、其の効果は数日しか適用されないと言う事であり、1ドルに対し既に150円まで加速された円の下落は、日本銀行の為替介入が在っても、近い将来の1ドル160円越えを阻止できない。

自国通貨、日本の場合は円だが、円がドルに対して安くなったと言う事は、それだけアメリカに比して日本の国力が下っているという事であり、この点ではよく「良い円安、悪い円安」の議論が存在するが、原理的に良い円安と言うものは存在しないか、よほど特殊な好条件の一時期を言うのであり、其の国家が一度滅亡の危機に瀕して回復してくる時期などを指し、其のような条件は100年~数100年に1回しかない。

基本的に自国通貨が他国通貨に対して下落して行く時、それはその国家が力を失っていると判断されたと言う事である。

日本は2014年からModern Monetary Theory「MMT」がアベノミクスに拠って推進された。

「新貨幣論」「新貨幣概念」とも言って、何か最新の経済論のように思えるかも知れないが、1930年代、世界恐慌に対応した現実論から始まっていて、MMTはこうした歴史的な危機状態の緩和策を理論付したに過ぎない。

本質は「無制限金融緩和」国家が債権を紙幣の印刷で賄う、「財政ファイナンス」である。

ちょうど資本主義が行き詰ると、共産主義的なものが理想的に見えてしまうのと同じように、古いものが一巡しただけの事だった。

世界的にも経済危機に際してMMT理論に傾斜した経済政策が採られていくが、この理論は鎖国、自給率100%と言う仮定での話なので、これを採用して行くと、経済政策が国家方針を引っ張ってしまう。

世界は保守色を強め、経済的な対立が増えて行く結果が、今日のロシアのウクライナ侵攻であり、中国の経済と政治の覇権争い、言い換えれば習近平の文化大革命的逆行を引き起こしている。

第二次世界大戦以降、国際社会は経験から、無制限金融緩和がこうした傾向に陥る事を学習していた。

為に中央銀行の政府からの独立を原則とした国際秩序を打ち立てたが、困窮した状況はいとも簡単にこうした枠を壊し、それがまるでインテリジェンスのようにもてはやされたが、それを遣うのが人間である以上理論通りに収まるはずもなく、ましてや日本などの資源のない国、食料自給率の低い国家がこれを採用すると、MMT最大の弱点であるインフレーションの抑制が効かなくなる。

日本のインフレーションは常に外的要因で発生する為、全てを国家が管理してインフレーションを抑制する事は不可能なのであり、結果として通貨下落の幅が輸出による利益幅を超えてくると、日本は生産し販売するごとに対外赤字を増加させ、国民が気付かない間に国も人も貧しくなって行く。

円が114円の時と160円の時の落差は46円、1ドル対してこれだけ多くの物、サービスを提供しなければならなくなり、ついでに何か物を作る時に海外から材料を買えば、こちらでも1ドルに対して46円多くの円を渡さねばならなくなる。

日本は為替介入に拠ってドルで円を買い支えながら、企業は其のドルの取引に拠り、少し以前より5割近く多くの円をを放出して行く。

為替介入など「気分」の問題でしかない事が理解できるだろう。

日本の円急落の要因は、其の多くがロシアのウクライナ侵攻に拠るものと、それに付帯した経済制裁、そして中国の「0コロナ政策」「経済重視から思想偏重政策」への方針転換、そしてコロナ感染症に拠るものだが、こうした危機に対し、脆弱な無制限金融緩和政策を続けてきた事が最大の要因と言える。

世界各国はこうした無制限金融緩和の付けを払いながら正常な経済状態に戻そうと血の涙を流している。

アメリカは企業マインドの落ち込みを恐れながらも、FRBが大幅な金融引き締めを継続しているし、広義ではイギリスのトラス首相の辞任〈2022年10月20日〉もそう言う事になる。

個人的にはイングランド女らしい容貌のトラス首相のファンだったが、彼女の打ち出した大幅減税は少しまずかった。

これは金融緩和と同じ事なので、イギリス経済の再建には逆行するものだった。

だが、こうして自身の政策が実現できない事を理解したら「辞任」すると言う在り様は評価できる。

日本の政治家も見習って欲しい部分ではある。

インフレーションを抑制しようとして金利を上げれば企業利益が圧迫される。

放置しておくと民衆が食べられなくなる。

これを抜け出す方策は通貨金利を上げる事だが、既に1ドル150円まで下がり、それ以降も下る要因しかない円の価値を上げるには、少なくとも3%前後の金利が必要になる。

アメリカと同じように一挙に0.75%上げるも良し、若しくは次の段階では其の金利を0.5%に戻し、それから様子を見て0.75%を追加する、または0.35%上げて0.25%に戻すなど、4回から7回程金利を上げ下げしながら、最終的に3.18%の金利に落ち着ける方策が望ましい。

市場に期待と絶望の「慣れ」を与えながら金利を上げていくこの方法は、1979年第4代日本銀行総裁に就任した「前川春雄」が採った金融引き締めだが、第二次オイルショックに拠る強烈なインフレーションを絶妙に金利操作しながら切り抜け、世界的なインフレーションからいち早く日本を離脱させ、その後日本は空前の好景気を迎える事になった。

今の日本には1984年頃のように経済を拡大させる力は無い。

どんな手を打っても「少し楽になった」程度かも知れないが、それでも岸田内閣と黒田日本銀行総裁を放置して措いたら、確実に日本経済は破綻する。

コロナ政策が終わって日本の観光が賑わってきているが、これも1ドル150円だと、日本人が日本で円で物を買うのは構わないが、外国人に物やサービスが買われると、日本は往復で損失を出しながら物を売っている事になる。

観光業者が出した利益は、国民の物価高騰と言う薄い負担が集積されて成立しているのであり、これでは国家国民は富まない。

我々は景気の為、企業利益の為、税負担の為に生きているのではない。

インフレーションの時は消費すればする程損失になる。

こう言う時は静かにしているのが民衆としての定石で在り、政府や各行政区がコロナ対策後の消費を期待し、各地で観光客を呼び込んでいるようでは、我々国民の未来は暗い。

こう言う時は贅沢を控え、我慢する事を学ぶ良い機会とも言える。

「質素倹約」は人間の全歴史を通して重きを措かれるべき価値観だと、私は思う。

 

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。