「EUの経済政策」

薄いビニールの袋に水道から水をどんどん入れて行くと、途中までは水が溜まっていく概念で見ていられるが、やがて水圧によって膨らんできた袋の水は、今度は袋を破いて行く方向に向かい、ついに袋は破裂する。

そこでまた新しいビニール袋を持ってきて、再度水道の水を入れて行くと、また暫くは以前のように水が溜まっていく概念で水と袋を見ている事ができる。
これが経済の本質と言うものかも知れない。

すなわち創造には破壊の前提が必要になるのと同じように、経済の発展もまたその以前に混乱や破綻が有って、次の経済的発展が出てくるのであり、発展の上に更なる発展は精神論としては成立しても、物理的には不可能である。

ヨーロッパ経済を見てみると、例えば日本のバブル経済の崩壊、或いはアメリカのリーマンショックのような大規模な経済的危機に遭遇していない。
この中で唯一経済的混乱の機会を持った国はドイツだけであり、しかもこれは東西ドイツの統合と言う、長い投資の後経済的発展の要素を多く含んだ混乱だった。

この意味ではヨーロッパ諸国の中でドイツのみが堅調な経済的発展を遂げているのは当然の結果と言えるが、元々ドイツのような合理主義的資質を持った国家は基本的なセオリーに忠実な面を持ち、例えば財政赤字などの対策も非常に地味だが現実的な緊縮財政と、増税、歳出削減となる。

加えて現在ドイツを率いる「Angela Dorofhea Merkel」(アンゲラ・メルケル)は旧東ドイツ出身の物理学者で、複雑なドイツの政党間抗争の中を調整と乗っ取りで首相の地位に登りつめた女性である。

その手法は単純明快にして妥協の無いセオリーそのもので有り、こうしたら必ずこうなると言うような、希望的観測を廃した確実な手法で徹底されている。

そしてヨーロッパ共同体、EUは経済での現実的共同体でも有る事から、この中で唯一経済的に堅調なドイツの発言力は大きくなり、成功している経済手法は当然EU内のモデルケースとなる。

いまやドイツのメルケル首相は世界で最も大きな発言力を持っていると言っても過言ではない。
しかし一方こうしたドイツに見られる非常に地味で堅実な手法は、実質経済成長の伸びが圧縮される効果を持ち、つまり経済の方向は安定に向かっているのであり、発展へとは向かわない。

現状で経済的に沈んでいる国家に取っては長期低迷が続く事になる。
これがヨーロッパ経済の停滞要因の一つとなっている。
ドイツは徹底してインフレーションを抑制しようとしている訳である。

労働賃金などの上昇を認めれば経済は拡大に向かうが、ドイツが徹底してこれを認めないのは脆弱な経済にインフレーションが加わるリスクの大きさを考えるからで、この点では2015年3月9日、日本を訪れたメルケル首相の「日本とドイツには多くの課題が有る」と言う発言に、その真意が見て取れる。

一連の会談を終えて帰国したメルケルは、側近に次のような言葉を漏らしている。
「アベノミクスと言う経済対策にご理解をと言ってたけど、あの人(日本の首相)はちゃんとご理解されているのかしら?」

実はドイツ、EUが採用している方法と日本のアベノミクスは対極の関係に有り、しかも日本のインフレーション政策がもし成功した場合、EU内部からインフレーション政策の要望が強くなり兼ねない。

潜在的にドイツは日本のインフレーション政策の失敗に対する期待が有る。

ギリシャが財政赤字からデフォルトの危機を迎え、これをEUやIMFが支えてきたが、ギリシャではこうしたドイツ主導の緊縮財政に対する不満が高まりつつあり、この傾向はEU内部でも一発触発の状態と言っても過言ではない。

もっともギリシャくらいの経済規模なら2008年にデフォルトを起こしたアイスランドのような例も考えられる。
すなわちデフォルトで信用を失ったアイスランド・クローナはドルに対して前年度の半分以下まで価値を落とし、ここで発生した通貨安に拠ってアイスランドの観光業が大盛況となり、経済が立て直された。

2015年、アイスランドは正式にEU不参加を表明するので有る。
ドイツの緊縮政策に真っ向から対立する政策の成功例であり、この点を指摘する経済学者も多い。

しかし、博打の借りを博打で返そうとするは基本的に破滅の道であり、これを何も考えずに地道な努力を重ねているドイツに協力してくださいと言える、その無神経さ、愚かさをメルケルは苦笑したかも知れない。

中国の株式市況の混乱、アメリカの金融引き締め政策への転換、ヨーロッパの緊縮財政と、世界的には日本の経済政策の反対側へと経済が動いている。

失敗はしないが大きな成功も無いEU型経済、成功すれば大きいが失敗の場合は絶望が待つ日本経済、こうした経済政策を打ち出す首相が選ばれる事に鑑みるなら、日本はギリシャに先んじて「我慢する事をしない経済」を選択していたとも言える。

そして経済ではどんな成功もそれは通過地点で有り、最終的に待っているものは規模の程度は有っても「破綻」や「混乱」で有るなら、大きな成功は大きな破綻に通じ、小さな成功は小さな破綻に通じる。

ドイツが成功もしないが失敗も無い経済政策を選択するのは、やはり至極合理的なように私は思える。

[本文は2015年7月6日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]

 

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。