「グラジオラス」

今年は早くからツバメがやってきて、その数も大変なものだった。
凡そ15組ものツバメ夫婦が2度卵を孵し、中には3度もヒナを育てた者たちもいたようで、おそらく今年だけで家から200羽のツバメが巣立って行く事になったのではないかと思う。
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そして今は最後の巣に5羽のヒナがいて、親鳥が一生懸命餌を運んでいるが、このヒナが飛び立てば私の夏も終わる。
だがきっと今年の夏の暑さはツバメたちに取っても結構堪えたのでは無いか、普通なら巣立って1週間ほどすれば家に帰ってくることはないが、どうも昼の暑さを避けているようで、日中は沢山のツバメが建物の中を遠慮なくバタバタと飛んでいる。
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また少し山の近くに有る畑へ出かけると、こちらには空を数え切れない程のオニヤンマが飛んでいて、私の姿を見かけると「誰が来たんだろう」と言うような顔をして近付いてくる。
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午前4時39分、まだ明けやらぬ道に自転車をこぐ私は、今日こそはスズメバチの巣を退治しようと、強力噴射殺虫剤を手に水利ポンプ小屋へ急ぐが、少し先の道に何やら黒い塊が転がっていた。
「さては狸が車に轢かれたか・・・」と思い近づいて見ると、それはいつも家に来て狼藉を働いていた隣家の猫だった。
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頭から血を流し、内臓が少し露出した姿で既に事切れていたが、「馬鹿だな、死んでしまったのか・・・」と声をかけた私は、その硬くなってしまっている亡骸を道の端に寄せ、明るくなって活動し始めたらどうにも手が付けられなくなってしまうスズメバチ退治に急いだ。
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先日田んぼに水を当てようとして、うかつにもポンプ小屋に近づいた私は、その木の壁の穴の中にスズメバチが巣をかけている事を見落とし、見事に首を刺されてしまった。
それで以後水を見に行く度に蜂に刺されていたのでは辛い事から、蜂専用の殺虫剤を買ってきて退治しようと言う事になったのだが、如何せん、僅かに薄明るくなった巣穴の付近には既に2、3匹のスズメバチが出て来ていた。
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仕方なく少し離れたところから巣穴に向け殺虫剤をかけたが、おそらくこのような事で蜂が巣を諦める事は有るまい、明日こそはもう少し早く来て、巣穴に直接殺虫剤を噴射してやると心に誓い、また自転車で猫の所に戻った。
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家の猫はいじめる、餌は横取りする、暑いのであちこち開けてある窓や戸から侵入し、食べられそうなものは全て食い散らかして行くギャング猫だったが、そうした事を咎めもしない私の顔を見て、僅かに「しまった」と言うような表情をする猫だった。
隣家の高齢者夫婦は2人とも足が悪く、特に当主は数日前に病院から退院してきたばかりだ、きっと飼い猫を葬ってやることもできまい、いやそもそも隣家には10匹以上の猫がいるから、こいつが死んだくらいの事では気がつかないかも知れない。
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「どこまでも手間をかけさせやがって・・・」
私は家に帰って新聞紙を持ってくると、それで猫をくるみ、自転車の前カゴに乗せて家に戻った。
そして川辺の土手に埋め、少し大きめの石を置き、畑に数本だけ残っていたグラジオラスを供えた。
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やがて完全に太陽が登った午前6時30分頃、サトイモに水をかけていたら隣家の当主の姿が見えたので、先程の顛末を話して聞かせると、意外にもどこかでそれで良かったと言うような話だった。
隣家でも他の猫をいじめ、やはり狼藉ざんまいだったようで、くだんの猫はどちらかと言えば嫌われていたようだった。
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「おまえ、誰にも悲しまれずに死んで行ったのか・・・」
私はいつも見つかると「しまった」と言うような顔をしていた猫を思い出した。
「馬鹿だな、本当に手間をかけさせやがって」
「仕方ないから、俺だけでも悲しんでやるよ、だが特別だぞ・・・」
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さっき作ったばかりの猫の墓の前で、そう心の中で呟いた私の前を沢山の子ツバメたちが舞い、スズメバチがアブが横切り、オニヤンマも赤とんぼもスイスイ泳ぐように飛んで行った。

 

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。

4件のコメント

  1. 人々は老齢化して、人口も減少して、通りすがりの旅人には、寂しい集落のように見えそうですが・・
    昆虫、野鳥、家猫など沢山の生き物が、それぞれの営みを続ける・・
    善猫なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪猫をや、猫生の最後に良い人に会えました(笑い)
    気に満ちた空間で生きていて、苦労も多そうですが、現代の究極の贅沢の一つのように感じます。

    スズメバチは小屋を借りながら感謝はしないでしょうが、水ポンプを使いたいし、充分お気を付けてそれなりに、白服装が彼らの攻撃意欲を削ぐそうですから、そんな恰好が宜しいかと思います。
    2回目以降が特に危ないようですが、充分ご注意下さい。

    ソフトの件、ワザワザのお知らせ有難うございました、大変嬉しいです。
    本日は夕方、近くの公園の疎林に囲まれた美しい芝生の中にある四阿で、蝉の音を聞きながら、風に吹かれて昼寝、駅からも稠密な住宅街からもやや離れているので、全く別天地の様な感じでした。

    1. ハシビロコウ様、有り難うございます。
      毎日暑い日が続いていますが、心なしか太陽の光が傾いて来た事も感じます。
      油断しているとナスが大量に成って、キュウリが巨大化し、インゲンが鈴なりで、気が付けばもう稲穂が出てきている・・・。
      全くこの太陽の恩恵には感謝すべき言葉も見つかりませんが、片方で無情にも失われていく命が有り、その寂しさは他人事でありながら自分の事のようにも思えます。
      小学生時代、大きなアケビを採ろうとして近くに有ったキイロスズメバチの巣を竹竿で叩いて落としたのですが、そのおり40から50匹ほどの蜂に刺されボコボコになった事が有りました。またそれから以降も何度か蜂に刺されているので、そろそろ注意が必要かも知れません。動物も昆虫も生きるのに必死ですからね・・・・、みんな力が有ってみなぎっています。その姿はとても頼もしく、一方で人間が毎年衰えていく事を感じます。
      夕方の公園でのうたた寝は羨ましいですね・・・。
      この山の中の木陰でうたた寝をしているとアブやウルリが大量にやって来て、それこそボコボコに刺されてしまうかも知れません(笑)

      コメント、有り難うございました。

  2. 今日も暑かったです。幾つか思い出しましたので・・
    茫々とした記憶の彼方にありますが、山栗の高い枝に紫の大きなアケビを多数発見して、蔓を引っぱっている時、カメ蜂(当時郷里でのスズメバチ一般の呼び名)が顔の傍で飛び回ったり、浮いたりしている内に、一人がアケビの側に大きな巣を発見、「危ないっ」と叫んで、笹薮のトンネルの様な所をみんな身を屈めて50メートル程走り、難を逃れたことが有りました。
    数年前、やっと当たった市民農園で、近隣のオバチャンが、茄子成りすぎで、声かけが有り、喜んで幾つかやや多きめの茄子を貰い、美味しく頂きました。キュウリは農家直売の店で通常より太く大きいのを見付けては、値段も通常の未熟物より(笑い)安いし、好みなので、有れば買います。各種で頂きますが、タイ・ラオス当たりで言うソムタムという辛い・甘い・酸っぱい、サラダ擬きで食べるのも好みです。トマトなんかも、高価な甘~いトマトより(甘いのが食いたければ砂糖を塗して食えばよい-笑い)腎型のヘタの方が青くて、身割れで焦げ茶の筋が入っている青臭いトマトを三日月に切って、醤油を付けて食べるのが好きです。
    尚インゲンは、ソムタムの横に現地では生で供されます、慣れると美味しい、但し慣れないと、目茶苦茶の草の味です。

    1. ハシビロコウ様、有り難うございます。

      やはりアケビと蜂にはご経験がございましたか・・・。
      一定の年齢以上の方は大体同じ体験をされていると思いますが、我々はこうした実体験から蜂の怖さとそうではない部分を学習し、アケビの近くにはなぜ蜂がいるのかを体で憶えたのですが、今の教育とか親の言葉にはこうした現実の体験が無い。やはり軽い社会になるのも無理はないのかも知れませんね。それにしても百姓の悲しい性とでも言いましょうか、種を買えば全部苗にしたくなり、苗になった日には何とか全部植えたくなる・・・。気が付けば食べる事も出来ないほどの野菜が夏には出てきて、時間を見つけては市街地の知人や友人に配って歩くのがこの季節の慣例になってしまっています。思うに百姓とか農家と言うものは「作る」事しか考えず、消費の事は考えない生き物なのかも知れませんね(笑)

      もうすぐお盆です。
      ツバメ達もお盆を過ぎれば、返って来る者が少なくなり、そして稲刈りの準備が始まります。
      毎年こうして同じ時期に同じ事が繰り返される事が嬉しくも有り、哀しくも有りと言うところでしょうか・・・。

      コメント、有り難うございました。

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