「命の最終責任者」

例えば自身が何か反社会的な事をしてしまい、それに拠って抗議者たちが自宅に押し寄せ、大勢集まった民衆が過密状態に陥り、怪我人を出てしまったとしようか・・・・。

「コラー○○出てこい!」

などと煽っていた其の当人が怪我をしたとして、あなたはこの人を助けたいと思うだろうか・・・。

大抵は「ザマー・・・」と思うに違いないが、こうした場合でも人道上は勿論、広義では法的にも怪我人を放置してはならない。

緊急時は家に在る救急箱を提供し、或いは救急車の手配をし、怪我人の救済をするのが正しい。

勿論、本人が拒否した場合、直接の手当はできないが、それでも救急車を呼び、警察官を呼ぶ程度は行なう事を「法」は奨励している。

ここで言う法の奨励と言うのは、それが望ましいものの、現状に鑑みて履行できない場合、加害しない限り法的罰則を負わない事を言い、このマクロ的な思想が政府や行政に措ける「国民の財産、生命を守る」と言う日本国憲法、民法の根幹を為す思想の一部を構築している。

政府や行政は国民の生命財産を守ると言う大前提を負っていて、政府の政策に反対し大勢の民衆が集まり、其の中で怪我人が出てしまった時、抗議を受けている政府、行政の当事者が怪我人を放置する在り様は奨励されない。

勿論警察機構などが群衆を排除する場合でも、暴力や力の行使のない者を暴力で排除する事は出来ないが、抵抗する場合は権利に拠って保障されている暴力が履行され、このケースでは民衆は暴力に対し、法的にも抵抗できない。

こうした意味では警察機構と言うのは道具なので在り、道具は法的に誤りが無ければ現状に対処して暴力を発動できるが、政府や行政と言った大きな権力は、原則を超えた言動を起こす事を躊躇しなければ、其の権威が保てない。

「国民の生命財産を守る」と言う大前提は如何なる場合でも大きく踏み外してはならない事から、例え政府に抗議してデモが発生し、其の中から怪我人や死者が出たとしても、「ザマー・・・」とは言えないどころか、逆に責任を追及される事になるのである。

唯、こうした場合全てが政府や行政の責任かと言えば、冒頭に出てきた「法の奨励」を思い出して頂ければ理解できるかと思うが、政府や行政から要請を受けてデモに参加している訳ではない、個人の自由意思に拠ってデモに参加している訳だから、怪我人、死者の、其の状態に至った全ての責任が政府や行政に在るとは言えない。

其の多くの要因が「自己責任」なので在り、少し違った方向から見てみると更に分かり易いが、祭りに参加していて酒を飲み、躓いて川に転落して死亡したとするなら、この責任は誰に在るだろうか・・・。

祭りの主催者だろうか、或いは橋を管理している国土交通省だろうか・・・。

そして祭りの主催者にしても、国土交通省にしても、物理的にそこまでの管理が可能だろうか・・・。

結果として祭りの主催者が起訴されるくらいの事は有っても、損害賠償請求は為されないのが1980年代までの日本だった。

今日に至ってはこうした事例でも必ずと言って良いほど賠償請求訴訟が為されるが、ここで亡くなった方は被害者か否かと言うと、当事者では有っても祭りに参加して躓いたのは本人の意思や行動であり、被害者では無い。

こうした場合に措ける主催者や道路管理者は、個人の自由意志と本人の過失に対してまで全面的な責任を負えるのか否か、まるで自己決定に措ける責任を本人が忌避したような在り様になっていないか、そんな事も考えて頂ければと思う。

そしてこれまでのケースは主催者や其の概念に近い存在が在ったが、完全に偶然で多くの人が集まり、そこで人の過密が原因で事故が発生した時、訴えるべき主催者は無く、最終的には「国民の生命財産を守る」立場にある政府がこの責任を負う事は間違いではない。

だが、其の場に至ったのは本人の自由意思で在り、尚且つ自身の生命は「自分」が最終責任者である事を忘れてはならない。

人間が大きな事故に遭遇するのは、絶好調、幸福の真ただ中の時であり、注意や警戒、深い思慮を忘れている時である。

イベントは楽しく、暗い雰囲気の中で開催される祭りも悪くない、アイドルの追っかけも良いだろうが、そんな時ほど命の危機が迫っている事を忘れず、人の命は絶対的価値観を持っていない、何にも優っているのは自身と親族だけで在り、他者からしたら1人の人間の命は、必ずしも絶対的価値ではない。

またこうした自身が負わねばならない命の責任まで、常に政府や行政相手に100%の責任を負わせていると、政府や行政はこうした事態に対処すべく細かく監視、管理を徹底し、責任回避しようと言う方向に傾いて行く。

結果として自身の命の最終責任近くまで、監視、管理が届いて来る事になるので、原理としてはAI制御自動運転の自動車と同じで、何もしなくても目的地へ行く事はできるが、緊急時に措ける自身の命の行方も自動車が決定権を持つに同じ、気付かない内に統制社会、社会主義的な国家の在り様になって行く可能性が在る。

最後に、実は深い意味では自身の命の最終決定権は「自分」ではないのだが、今回は社会と言う観点から命の最終決定権者を「自分」と仮定させて頂いた。

「逮捕要件」

一般的に罰則が懲役3年以上と定められている犯罪を犯したと疑われる者に対し、逮捕要件が発生し、其の形態は「通常逮捕」「現行犯逮捕」「緊急逮捕」が在り、この他道路交通法違反、軽犯罪法違反の現行犯である場合、其の被疑者の氏名、居住所在地が不明であり、尚且つ逃亡の恐れが在る場合に限られ、一般市民でも被疑者を逮捕する事が許されており、これを「私人逮捕」と言う。

こうした要件に鑑みるなら、逮捕要件は事実さへ存在すれば可能のように考えてしまいがちだが、逮捕要件で最も重要な手続きは「逮捕状」であり、緊急逮捕、現行犯逮捕でも、逮捕後すぐに裁判所に対し逮捕状を請求し、これが却下された場合は即時釈放しなければならない。

また被疑者の氏名、住所が判明しており、更に逃亡や証拠隠滅の恐れが無い場合、逮捕要件は希釈になり、裁判所が認めれば被疑者の逮捕が為されない場合も存在する。

法と言うものは運用幅が存在し、其の運用の判断は犯罪現場を担当する警察庁等に負託されている部分も在るが、昨今若干疑問に感じるのは「交通事故」での逮捕である。

飲酒運転やひき逃げ、危険運転傷害、致死など明確に逃走や証拠隠滅の恐れがある場合はともかくとし、酒に酔って道路に寝ていた高齢者を轢いてしまったが、即時救済を行い、救急車を呼び、警察の到着を待っている道路交通法の過失運転者まで逮捕されるのは些か疑問を感じる。

道路交通法の被害者救済を、その報告を怠らなかった者は、逃亡の恐れもなく、現場の状況から証拠隠滅の恐れもない、免許証の提示で氏名、住所が明確になっている等、逮捕要件としては希釈な案件と言える。

それが故意ではなく、急な飛び出し、道路で寝ていた等の場合は、誰もが事故を避けられるわけではない。

過失と言う表現は人間のどれだけの能力を基準にして過失と呼ぶのかは曖昧であり、若しくは過失であったとしても、それが故意ではなく、証拠隠滅や逃亡の恐れが無い場合の逮捕には疑問を感じる。

1970年代の道路交通法違反、過失運転に措ける逮捕者は被害者が死亡した場合でも、それが飛び出しで在ったり、避けられない状態の事故の場合、逮捕されないケースも存在し、過失運転傷害の場合は殆ど逮捕されなかった。

2019年、東京豊島区東池袋で発生した高齢男性のブレーキ操作ミスに拠る母子死亡事故では、加害者の87歳の男性は逮捕されなかった。

勿論事故直後、加害者である男性も怪我を負っていた事は考慮されるが、こうした場合でも一般的には退院後、逮捕されるのが昨今の倣いだった。

しかしこの男性が元キャリア公務員だった事から、一般大衆の感情としては「特別な計らいが存在したのではないか」と言う疑惑が浮上し、ここから「上級国民」と言う特権階級の存在がまことしやかに囁かれるようになった。

確かに日本には長い官僚機構が存在する事から、特権階級の概念に近いものは存在する。

公務員同士の「忖度」は存在するが、一方で過失運転致死の加害者が80歳、高齢女性でも逮捕される現代の在り様は「法」がおかしいのではなく、それを運用する実行者の乱れが出てきている事、また善意的解釈で不逮捕にしたケースでの裏切り行為、証拠隠滅や逃亡を計る者の増加に拠って、運用が厳しくなったものと考えられる。

昔から公務員や代議士に対する忖度は存在していたが、それと同じように逮捕要件が希釈な者に対する配慮も存在した。

しかし、一般大衆の質の低下に拠って、この部分の法の適用が厳格になったものと推定され、安定し平和な社会が長く続くと、本質的変化がない事件、事故のイメージは、貧しい時代、混乱した時代よりは現代社会の方が相対的に重く感じられる。

1970年の日本と2020年の日本では、同じ事故であっても、被害者が感じるダメージは現代社会の方が大きく感じられる為、社会に適応し変化して行く法の運用は、こうした被害者意識の高まりに連動して重くなってきた背景が存在する。

そうした中で1970年代から変わらない官僚、公務員機構同志の忖度、配慮は、時代と共に変化して行った民衆が抱く命の重さと乖離して行き、ここにそれまではさほどの落差が無かった、民衆と官僚機構に対する法の運用に差異が生じてきた。

組織の中で象徴的、かつ一番厳格な形は「軍」と言えるが、この中で兵士たちが一番不満に感じる事が「差別」である。

軍律や処分の重さに対する不満は極めて少なく、それよりはむしろ他のケースと比較して著しい差が生じる事実を以て不満を感じ、これが組織の権威失墜に繋がっていく。

職業や年齢、現在の社会的地位に拠って法の運用が異なれば、法の権威は失墜し、其の法の重みはは少しずつ軽くなって行く。

今、既存の官僚機構間に存在する配慮、忖度の急激な改革が望めない場合、相対的に厳しくなっている道路交通法違反、過失傷害、過失致死の一般大衆に対する逮捕要件の緩和が望まれる。

これは裁判での量刑に対して云々の話ではなく、身柄確保時、逮捕要件が希釈な過失傷害、過失致死に関してまでも一律逮捕ではなく、其の現状に措ける情状に対し、法の運用を、少なくとも平等に見える程度には、修正して頂きたい旨を申し上げている。

警視庁、警察庁には是非とも実情に即した道路交通法過失運転傷害、同致死事故に措ける逮捕要件のガイドライン設置を希望する。

 

 

「流れ星に祈りを」

古来「流れ星」にまつわる占いは正邪、吉凶の両方の解釈が在り、その解釈の分岐点は占う者、占いを依頼した者の事情、環境によって生じる。

巨星の滅するに似たりで、大きな星の消滅は、小さな鋭い光の新しい星の出現と対比され、これによって既存の巨大な権力が崩壊し、新しい権力の発生を意味するに同じで、個人の単位では「先に在る環境の変化」を意味している。

が、古代中国、メソポタミアなどに見られる「流れ星」の概念は「結果が出る」或いは「変化が起こる」であり、ここでは具体的に吉凶、正邪の区別が付いておらず、従って総合的には「結果が早まる」事を意味していたかも知れない。

難しい問題を先送りしている状況、好意を抱いている者に対して打ち明ける事を戸惑っている者、小さな悪事を働きその発覚を恐れている者に対し、2ヶ月後に来るで有っただろう結果が3日後に来る、そう言う事を意味していただろうが、この因となる環境の変化の質に付いては問われていない。

自然現象や災害、人為的なものを含めての変化だった。

現状が思わしくない者に対する変化とは現状の打破か更なる窮地で有り、現状が好調な者にとっての変化は、もっぱら好調な状態からの崖落である為、恵まれていない者には「希望」、恵まれた状態の者にとっては「恐れ」と言う事になる。

そしてこの流れ星より大きな光、マイナス4等星以上の明るさを持つ流れ星を「火球」(かきゅう)と呼ぶが、大きな隕石と流れ星の中間に位置する規模の、小さな隕石の地球大気圏への突入現象であり、まるで光の玉が空を浮遊しているように見える事から、この名称が付けられている。

ちなみに隕石が地上に届く場合、届かない場合でもマイナス4等星以上の明るさを持っていれば、これを「火球」と概念し、色は緑、赤、オレンジ、黄色、白のものが有るが、これは大気圏に突入した隕石に含まれる金属物質の違いによって生じる。

火球は一般的に大気圏の中で燃え尽きてしまうので、流れ星のように末尾が綺麗に線状で終わらない場合が多く、一番多いのは速度が落ちて最後は2つか3つに分離したした状態で消えていく形になり、大きなものは大気圏に突入した時衝撃音を発するが、数十キロメートル有る大気圏を音速で割れば、物理的には音が到達するまでに何分と言う単位の時間が必要になるはずだが、多くの場合、火球の出現と同時に衝撃音が聞こえる事が多い。

これは電磁波レンズ効果の影響と考えられ、地震等も正確には地殻の震動の初期には音が発生していないにも拘らず、電話などでは崩壊音が聞こえるのと同じ原理かも知れない。

1812年、この年江戸では多くの人が「火の玉」を目撃する現象が発生し、両国界隈では夜店が出てとても賑やかだった記録が「我衣」と言う文献に残されているが、これはどうも「火球」だった可能性が高く、相当に長い期間「火球」が連続して出現したものと考えられている。

最も近い記録では1992年から1995年かけて、日本各地に多くの火球や隕石突入が相次ぎ、この為に阪神淡路大震災と関連付けた解釈をしたケースも発生したが、実際には阪神淡路大震災以後の「火球」目撃例の方が多かった。

それに毎晩夜空を眺めていれば、一つや二つの火球は見られるのが普通である。

だが、これが暗くなって早い時間の比較的大きな「火球」だった場合、人々はそこに偶然の中に必然性を感じ、また末尾が割れて消えて行く事から、「火球」は凶事、天変地異と繋げられる事が多かったが、古い文献では中国でも欧米でも「火球」と見られるものの解釈に「水上馬」を重ね合わせている場合がある。

「水上馬」とはつまり、洪水である。

1812年の江戸の記録は8月後半、9月前半の話であり、この年の9月4日、江戸は台風か若しくは局地豪雨に襲われ、水害で多くの被害を受けていて、「火球」の出現をこれに連動させている形跡がある。

更に1812年は天明の大飢饉が収束し、比較的安定した時期の最後の年で、翌年の1813年から天保の大飢饉が始まって行くのであり、欧米の記録の中でも聖書は隕石落下に拠る直接的な人命の遺失が記録されているが、聖書以外の後年の記録では何故か時々「水上馬」の記述が出てくる。

「我衣」の記録でも、「多紀貞吉」と言う人の話を聞いた「山崎宗固」と言う人の話として、馬に乗った衣冠束帯姿の古い装束の一行が、青い光に包まれ、無言で川の上の空中を歩く姿が記述されていて、これから直後に江戸の大洪水が発生している記述がある。

元々水上馬の発想は氾濫した激しい川の水の流れ、その先頭をイメージしているものと考えられ、怒涛の勢いで走って来る馬の姿に川の流れを合わせたものと考えられているが、これが何故時々「火球」と重ね合わせられるのかは現在では解らない。

唯、欧米の地方伝承でも、日本の地方伝承でも、川の流れが止まり、次の瞬間その水の無くなった川を白馬が走ってきて、その後ろから洪水が襲ってくると言う伝承がいくつか残っている。

これらは多分土石流を概念していたのではないかと考えられるが、昔の人のイメージとは実に豊かで恐ろしく、また正邪、吉凶が背中合わせの自然事象を良く表現していると思う。

聖書の記録では、戦争時より多くの敵が隕石落下によって滅ぼされた事が記述されている。
滅ぼされた命とその国家にすれば隕石は最大の凶事となり、これに敵対していた者に取っては最大の天恵となる。

人の世の正邪、吉凶とはこう言う意味である。

「苦労のない金の消費」

2014年10月30日、第一次安倍内閣で官房長官を務め、その後財務大臣も経験した与謝野薫(よさの・かおる)氏が奇妙な理論を展開していた。

消費税10%増税の予定通りの実行と日本銀行の金融緩和政策の批判だったが、財務再建を日本の存亡に拘るとして、これを金融緩和に依存する事の危機を説いたものだが、欧米の高い消費税の在り様を引き合いに出したものの、欧米が目指している小さな政府や行政、議会議員のボランティア化と言う片方の重要案件が抜けていた。

つまり財政再建の要を消費税増税に依存しようとするものだが、これ自体が金融緩和政策と同じレベルの危うさを持っている。

市場原理は利益によって発展が形成され、例えば生産者が何かを生産し、或いは誰かが何かを買った場合、それに拠る取得や生産の利益が発生し更に売買する事で利益が出る、叉は誰かが損失を被る事で誰かが利益を得る。

このように利益の発展性が存在して市場が成り立っているが、税金のそれは基本財源が生産でも売買でもなく、国民の負担と言うマイナス要因であり、更に国家や行政は利益を追求する組織ではないから、その集められた資金は、税が課せられる仕組みが出来た時点から、未来に及んで消費されるだけなのである。

一方日本銀行の金融緩和政策は経済の気分的高揚感であり、江戸元禄時代でも一枚の小判の金の含有量を減らし、それによって2枚の小判から3枚の小判を作る政策が為されたが、それ以後100年に渡って日本は貧困から抜け出せず、最後は明治維新を迎える。

金融緩和は今現在所有している資産価値を見かけ上膨らませる効果が有るが、実体が伴わねばその損失は「半沢直樹」のように倍返しとなる。

通貨の信用失墜と価格高騰に拠る国民生活の困窮と言う往復ビンタとなって帰ってくるが、与謝野氏も日本銀行も消費税増税と言う点では一致し、その改善策の方向は相反するが、どちらも破綻に向けたものである。

アメリカが金融緩和政策を終了したこのタイミングで日本銀行が大幅な円の金融緩和を行えば、円が暴落状態になる事は誰でも予測でき、これによって日本へ株資金が流れ込む事により日本の資産は国内的には一時高騰した形になり、このタイミングだけを見れば日本経済は回復したように見えるかも知れないが、効果の持続性は非常に短い。

消費税を上げる為にこうした見せ掛けを行えば、その後発生してくるものは悲惨な現実である。

食料ですら自給率40%以下、その60%が輸入に頼っていて、工業生産品原材料に至っては90%以上が輸入調達の日本の円の失墜、値下がりは金融緩和によって得られる利益を相殺して更に倍の損失を発生させる。

事実第二次安倍政権発足後の経済対策により、国民生活はその以前のデフレ経済より遥かに困窮しているし、デフレーション回復どころか、元々均一性の有ったデフレーションが少数の利益者と多数の困窮者に分化し、その深さが深くなっただけである。

与謝野氏の発言も間抜けだが、それよりもっと重要なのは日本銀行の今回の大幅緩和措置であり、これは事実上「政府や大手企業を優先し、これをして経済を判断しますよ」「国民生活の事は放棄しましたよ」と言っている事になる。

企業の実質輸出収益が金融緩和政策によって予測された伸び率を大幅に下回り、物価は上昇しても賃金は上がらず、デフレーションは深化する。
その上に消費税増税は先に発生してくる事は目に見えている。

市場経済は市場の自由性によって発展する形が基本だが、世界各国とも国家維持のために市場経済に介入し過ぎている。

元々政治は調整がその主たるものだが、市場に現実的矛盾が発生した時、それを制度で改善するのが本来の有り様であり、これを政府が主導して経済を牽引するのは、扶養してる子供に商店主が販売の仕方を指導されているようなものだ。

政府行政の財源は働いて得た収益ではなく、国民から集めた苦労の無い金であり、先には消費しか存在しないものだ。
こうした現実的苦労の無い人間が、どうでも良い金を使って為せる事は破綻しかない。

子供を産み育てると言う巨大事業をしている夫婦、家を建てようと頑張っているサラリーマン、建設現場で汗を流す作業員、スーパーで働く女性、彼等彼女達こそが生産をしている者であり、この国家を維持している中核である。

こうした者達を困窮に追い込んで、その上に増税と物価上昇で疲弊させるより、まず行わなければならないのは苦労の無い金でどうでも良い事に未来まで食い潰す国会議員、地方議員の削減、若しくはその歳費の最低賃金化であり、国家公務員や地方公務員の給与削減ではなく、上限給与の生活保護費同額制度であり、その次に高齢者医療の自己負担増と年金の最低賃金同額支給化政策である。

国債を日本銀行が買い取る、事実上の政府による紙幣増刷は、過去の世界の歴史的経験からも破綻することが実証されている。
日本銀行はこれで以後の手立てを全て失った。

これ以後日本通貨の大幅緩和が繰り返されれば、消費増税を上回る景気低迷に拠る税収不足が発生し、海外から輸入される物資は高騰、それによって国内消費は更に低迷し、端末地方行政から経済破綻が発生してくる。

日本銀行の今回の大幅な金融緩和政策は、第二次安倍政権が既に調整機能として成立しない事、日本銀行が国民生活の全てを諦めてしまった事を意味している。

[本文は2014年11月1日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]

 

「エボラウイルス属」

モノネガウィルス目のウィルスは、分節しないマイナス鎖RNA形態が多くなるが、一般的にこの目のウィルスは人、霊長類に対する感染能力が突出している。
麻疹、狂犬病などを初め、ここ100年の内に発見され始めた新しい感染症の大部分がこの目に含まれ、エボラ出血熱もモノネガウィルス目である。

1976年8月26日、コンゴ民主共和国のエボラ川付近で、44歳の男性感染者が死亡した事から発見され、同地の名称を取ってエボラ出血熱と命名されたが、このエボラウィルスにはその後形状の違いから5種が発見されていて、現在ではエボラウィルスは正確にはエボラウィルス属となっている。

感染して一番死亡率が高いのは、一番最初に発見されたエボラウィルスである「ザイールエボラウィルス」で、感染後の死亡率は90%と推定され、その同じ年にスーダンで発生したエボラ出血熱のウィルスは、ザイールエボラウィルスとは違った形をしていた為、スーダンエボラウィルスと命名されたが、このエボラウィルスは感染後の死亡率が40%~50%だった。

またレストンエボラウィルスでは霊長類への感染は認められるものの、人体は抗体を形成しながらも発症とその症状が認められない事から、このエボラウィルスでの感染死亡率は今のところ0に近い。

この事からエボラウィルスに関しては、その当初遺伝子変化速度の速さが指摘されたが、その後の研究でエボラウィルス属の遺伝子変化速度は、インフルエンザウィルス90分の1から150分の1程の遅い変化である事が判明し、比較的遺伝子変化速度が遅い劇症性肝炎ウィルスとほぼ同速度ではないかと言われている。

だとすれば1年以内に同属2種のウィルスが発見され、20年の単位で5種の同属ウィルスが発見された事、その最初の発見時のウィルスも現存で猛威を振るう現実を考えるなら、このウィルスは比較的古くから存在していた可能性が有り、人への優性感染能力に捉われるなら、精々が10万年の単位だが、ウィルスの有り様としては最低でもネズミが発生した時期には、その半分の性質を持つウィルスが存在していたと考えるべきなのかも知れない。

更に感染しても発症が明確になっていないレストンエボラウィルスだが、これはフィリピンのカニクイザルに感染していたが、宿主の想定が出来なかった。
つまりは自然界を枕にしている可能性が有ったが、このウィルスに感染したサルはアメリカとイタリアに輸出された事が解っているが、その後アメリカでもイタリアでも自然界に存在した形跡は見当たらなかった。

現在レストンエボラウィルス以外のウィルスの宿主はコウモリで有る確率が高いとされているが、ウィルスではないものの大腸菌や溶連性ブドウ状球菌などは、我々の周囲に普通に存在してる細菌であり、症状を発しなくても同属に自然界を宿主とするウィルスが存在する以上、他の劇症性ウィルスも同じかも知れない可能性を考慮する必要が有る。

更に現段階では推測にしか過ぎないが、レストンエボラウィルスを考える時、「眠っているウィルス」である可能性も考えられる。
つまりは数千年と言う単位で土や動物体内に繰り返し潜んで、何かの条件が揃った時点で復活し、感染を広げる可能性も有り得る。

ウィルスよりは遥かに繊細な機能を持つ植物の種でも、数千年の後に復活出来るものが有る事を考えるなら、同じ事が無いと考える方が合理性を欠くように思う。

唯、この場合最も大きな因果律は温度に有る事が考えられ、過去の長い地球環境を生き抜いてきたウィルスが再生する条件は複雑なものかも知れない事、或いは空気中の窒素、酸素濃度、二酸化炭素の濃度などでも再生する可能性があるかも知れない。

また我々はエボラウィルス感染症状で多量の出血を想起するかも知れないが、実際のところ感染に拠る出血事例は一部であり、その症状は風邪の症状に近く、奇しくも2012年から始まった感染の流行に対する投薬効果として、風邪薬が有効であるとの非公式情報が出ているが、これは1976年のザイールエボラウィルス流行時、既に言われていた事実だった。

加えてエボラウィルスの宿主はコウモリとされているが、インフルエンザウィルスの初期の感染動物は水鳥と言う点を鑑みる時、同じ翼を持つ生物でありながら、鳥は卵から生まれ、コウモリは哺乳類であると言う決定的な差と、哺乳類全体の4分の1を占めるコウモリの生息数を考えると、何か引っかかるものを感じる。

それとこれは重要な点だが、現在のところ空気感染の確率は低いとされているが、1976年の流行、1995年の流行、2000年の流行時でも防護服を着ていながら医療従事者が感染する事例が出ていた。

エボラウィルス感染症状は高熱、頭痛、腹部の痛みなど風邪の症状と近いものの、飛沫を大きく飛ばすような咳やくしゃみを伴う事例は少ない。
この事から飛沫が空気中に拡散され、それで感染すると言う可能性は意外に低いように思われ、だとすれば防護服を着用している医療従事者の感染は説明が出来なくなる。

エボラウィルス感染者の死亡率は他の感染症に比べても非常に高く、この為にレベルの高い隔離政策が採られる事から、ウィルス感染キャリアは不当な差別や人権の侵害を受け、それゆえに自己申告が困難な状況が生まれる。

おそらく現段階でも未申告のキャリアを含めると数万人の感染者が存在するかも知れない。
人々の恐怖心が患者に対する過剰な隔離思想を生み、その事がエボラウィルス感染のアンダーグラウンド化を招く危険性は極めて高い。

そしてこの感染に対して日本だけが安全である保障は無く、フジフィルムの薬が全ての人に対して有効かどうかも解らない。
ウィルス感染の基礎的な防御策はインフルエンザと同じで、接触を控える事に尽きる。
現段階から次のステージに移行し、キャリアの隔離が困難な状況が発生してきた場合、我々が一番最初に採る防御策は霊長類との接触を必要最小限に控える事しかない。

またエボラウィルスの人に対する優性感染力は、どこかの時点で霊長類や人間の進化の過程に影響を与えた可能性があり、人間が思いも寄らぬ繊細さを持っているような気がする。
それゆえエボラウィルスで人類が滅びる事は無いと考えるが、一定規模のパンデミックは有り得る。

自身の感染して死にたくないと言う基本的な感情と、社会に措ける人としての患者に対する慈しみの狭間で人の心は揺れるが、感染した人を救う事がエボラウィルスを克服し、如いては自身を救う道で有る事を忘れてはならず、これは命がけの個人と社会との葛藤、究極の自由の衝突で有る事を認識しておく必要がある。

地球にとって人類は、人類が考えるほど重要ではなく、特段の恩恵をもたらしている訳ではない。
それゆえ災害や危機は社会を侵食し、それによって個が試され、社会の分岐点になる。
恐怖心から感染者に対する配慮を失えば、次の段階で社会は大きな何かを失う。

今また自然の普通の営みによって、感染と言う脅威と、我々自身が概念する社会、人としての在り様を試されている。
負けてはならない・・・。

[本文は2014年10月30日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]