「中性社会」

例えば「解りました」と言う言葉を使った時、男性が女性に自分と付き合って欲しいと言った、その場面に対する回答も、逆に別れて欲しいと言われた場面の回答も同じ「解りました」と言う言葉を使うかも知れない。

言語と感情は基本的に別のものと言う事が出来る。

また「さようなら」と言う言葉でも親友なら「じゃ・・・」と言う一言で有り乍、会社の上司であれば「では、失礼します」となったり、恋人同士なら抱き合うだけで言葉を必要としないかも知れない。

このように言語とはその人の「社会」そのものであり、「環境」なのである。

だから一人の人が使う言語はその人のその時の世界の広さを示していて、この中では本来相反する意味の言語でも一つの表現で為される側面を持ちながら、逆に言語は事象を切り取って限定してもいる。

英語の「brother」や「sister」と日本語の兄弟や姉妹は同義では有るが、それが示す範囲や社会機構が違う為、厳密には相異が有る。
「brother」は兄弟と訳されるが、基本的に年齢の区分が無い。

この事から日本語では兄弟で年齢差による上下関係が示されるのに対し、英語ではここに上下関係が存在してない社会機構が出てくる訳である。

日本語のそれには長く継承された封建社会の「家制度」が意識されようとされまいと存在し、この言葉を使うが故に家族組織の中に上限関係が存在し続ける事になり、こうした事は男女の性差区分を幾ら欧米のように改めようとしても、使っているいる言語がそれを押し戻して区分をつける役割を負っているので有る。

「ナデシコ」と言う言葉で連想されるものは「女」であり、この事から女子サッカー日本代表が「ナデシコジャパン」と呼ばれたりしたが、これと同じようにナデシコと言う名詞が既に「女の名詞」になっている現実は、女を主張した場合不利な立場や危険に曝されるとしたら、女を自身で区分する言葉を遣っているが故に、セクシャルハラスメントに曝されるケースが発生してくる事が通常は意識されていない。

或いは「しとやか」と言う言語でも、しとやかな女はいても「しとやかな男」は気持ちが悪い事になるばかりか、この辺を妙に拘ると「中性」が発生する事になり、こうした社会背景が男女区分の中性を許容する社会を形成し、やがては中性の男女が増加する社会が発生する基盤となる。

その良い例が「勇敢な」と言う言葉だが、この言葉は30年前であれば女性に対して使われる事は少なかったが、現在では男女どちらに使っても違和感が無くなった。
それだけ日本の社会が中性化したと言う事であり、これは性差区別を排除しよう、男女が等しいもので有る社会を築こうとした欧米の思想が反映されたものだ。

しかし男女の性差は実は生物学的に決定的なものであり、これを思想でカバーしようとした結果が中性社会と言う、生物学的現実を無視した社会を作ってしまった感が有る。
「男勝りの女」はいても「女勝りの男」はいなかったはずだが、現代社会は容易にこうした言語を逆転させるに至っている。

振り返って冒頭で出てきた同じ言語で有り乍環境によって意味が逆転する言語作用を考えるなら、中性社会と言うものは言語区分を本来の包括する大きな意味へと返す作用を持つが、環境を区分する効果を失ってきていると言える。

言語を集合と考えるなら、これを区分する事は本来の意味を限定する事になってしまうが、一方でこうした限定は社会環境が複雑で有ったり、またはその人間が関わる「他」との関係、社会との関係であり、こうした細かな区分が存在するほど、基に存在する集合的非区分言語を広げ、深くする。

つまり言語は大きな基の言語が区分されて意味が複雑化するほど、より大きな言語へと成長するが、こうした区分が少なくなると本来のポテンシャルを失う。
男女が均等で有ろうとすればするほど男女は意識され、これが言語的に抑圧された人間社会は男女と言う区分の大切な部分を失い、結果として生殖と言う生物的大義の意味が薄くなる。

人間の記憶の部分は視覚の作用を多く受けて構成されるが、生まれた直後は不完全なもので、それが生まれた環境によって補正され構成される。
この事から区分が少ない、或いは曖昧な社会の影響を受ける子供はその影響された効果によって言語を構成し、その言語に縛られてまた社会が構成され、こうした形はバイオプログラムと言うものである。

それゆえ言語は「環境」で有り、生まれながらにして獲得されている社会を持っている。
現代社会で中性の男や中性の女が発生してくる背景には、性差差別をデリケートにしてきた人間社会の在り様が大きく影響していると言えるかも知れない。

また言語は「環境」で有るから、同じ情報でも時と場合、その人間が置かれた状況によって千変万化し、その千変万化が漠然とした大義の理解を発生せしむる。

簡単に言えば新聞で読む情報、本で読む情報、人から聞いた情報ではそれぞれに感じ方が違い、良い事が有った時と悪い事が有った時によっても感じ方が違う。

こうした多くの違いを認識するところに正確な情報の認識が有る。

しかし情報の質がインターネットだけで有る場合、そこには社会や「他」との関係が極端に少なく、社会的関係から解放された言語環境が現れ、こうした言語の質は「非言語」、「感情」である。

現代社会は複雑な社会となったが、そこに横たわるものは複雑な「環境」であり、複雑な人間関係や社会に見えるものは、実は直接言語で関係を築いてきた人間社会本来の姿ではない。

全てがインターネットで築かれた「虚構」の人間関係や社会関係の中で、言語を失いながら、言い換えれば社会を失いながら彷徨っていると言えるのではないだろうか・・・。

[本文は2013年11月20日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]

「日銀の子会社化と民主主義」

これは日本と日本国民に取っては「悲劇」或いは、「大災害」と言うべき存在と言える。

2022年5月9日、安倍元総理が大分で発言した「日本銀行は政府の子会社だから・・・・」の文言は、この政治家が明確に政治や歴史、経済の基礎的な知識すら持ち得ていない事を露呈する結果となった。

前々のFRB(合衆国連邦準備機構)議長ベン・バーナンキが推奨したMMT理論、ヘリコプターマネー理論は、理論としては成立しても、それが現実に適合するかと言えば、今の国際経済に鑑みれば結果が出ている。

麻薬と同じで適量使用ならば痛みを緩和できるが、これを適量で止められるケースは皆無に近い。

結果「他に方法がない」と言いながらズルズル使い続け、量も多くなって、気が付かない内にその人間が崩壊してしまう図式に全く同じである。

第一次世界大戦後、多くの国は国家財政と中央銀行が一体となった形態、借金した者と紙幣を発行する者が同一人物となる、「財政ファイナンス」状態になり、このMMT型式はどうしても危機的財政状態に措ける非常手段でしかないので、長期に継続すると発行紙幣の権威や信用が失われ易く、為に経済はどうしても保護主義的になっていく。

その結果世界経済はブロック経済的になって、経済を巡って国際的な壁が発生する可能性が高くなる。

近代から現代への移行期、日本では日露戦争戦費ファイナンスを税制で補う事が難しくなり、世界恐慌と関東大震災などの影響も加わり、一時的に紙幣が不足した時期が出てきた。

その折、名蔵相と名高い「高橋是清」は期限付きで政府と中央銀行が一体化する形態を採用したが、この期限は226事件に拠って「高橋是清」が暗殺された為、収束させる時期を失い経済は混乱し、「戦争」でしか解決が付かない状態に陥った。

日本が敗戦した「太平洋戦争」の最も大きな原因はここにある。

また政府と中央銀行が一体となる財政ファイナンスは鎖国経済的な要素を求めて行く為に、他国と経済的な壁を生じせしめ、この事が国家間の対立を深める事から、第二次世界大戦後の国際秩序は中央銀行の政府からの独立性を重要視してきた。

日本はバブル経済崩壊後、民間企業を税金で救済する方式を採用したが、この時の理由は「仕方ないじゃないか」だった。

ここから健全な税制概念が崩壊し、ついでに国家の借金は借金ではないと言う、枝葉理論をリベートで擁護したような考え方が発生して来た。

そしてアメリカで発生したリーマンショックの対処法は、先鞭となってなっていた日本のやり方を模倣して行き、ここで従来の税制秩序、モラルが崩壊した上に、国家の借金は借金じゃないと言う考え方の台頭で国際秩序は完全に第二次世界大戦前の様相に逆戻りしていた。

この意味では日本が先鞭を切ったバブル経済崩壊の対処策が、基本的には今の国際社会のぎくしゃくした関係を招聘(しょうへい)した発端であるとも言え、現状のロシアに拠るウクライナ侵攻の「遠雷」とも言えるのである。

日本のアベノミクスは、新しい経済理論ではなく、経済の沈降が20年以上も続く日本経済に対して、期限付きで世界が許容した非常事態、一時的なグレーの許容だった。

それゆえ第二次安倍政権発足時、有頂天になっていた当時の安倍総理に対し、ドイツのメリケル首相は「あの方は本当に理解されているのかしら」と呟くのである。

政府と紙幣を印刷する中央銀行が一体化する「財政ファイナンス」は過去の歴史上、どの国家も何度も経験し、その結果は全て大混乱や「民族紛争」「戦争」に繋がっている。

財政ファイナンス状態に反対した、前の日銀総裁「白川方明」(しらかわ・まさあき)を解任し、政府の太鼓持ちだった「黒田東彦」(くろだ・はるひこ)を日本銀行総裁に選任した時点から、日本の財政ファイナンス化は始まっていた。

「日本銀行は政府の子会社・・・」と発言する者は、ロシアのプーチン大統領と同じように、第二世界大戦後世界が努力して築いてきた秩序に破壊をもたらす者、国際平和に挑戦するテロリストに同じと言える。

また2022年5月10日、東京都内で行われたパーティで、「細田博之」衆議院議長は「議員の数を増やしても罰は当たらない」と発言したが、民主主義は数ではなく、「質」の問題で有り、例え独裁政権でも「民主主義」は存在し得る。

無能な者が集まって議会ごっこをしている状態で、それは確かに国会議員に取っては罰は当たらないが、罰が当たっているのは国民ではないか・・・。

組織や自己保全しか考えず、選挙対策と言う理由が簡単に法案成立を妨げる、或いは訳の分からないばらまき法案を成立させる国会に措いて、議員の数が増えれば増えるほど、罰は国民が受けているようなものである。

数で議論する事が民主主義では無く、議論を通して国民に、その法案の本質を理解せしめるのが議会制民主主義と言うものであり、数をして力、それを民主主義と錯誤する者を「専横主義」と言う。

「日本銀行は政府の子会社」と言う者や、大した仕事もせず知恵もなく、そして月額歳費60万円、70万円は安いから、数を増やしても良いと言う、国家、国民に対する背任が常態化している者こそ、まずは削減対象になって欲しいものである。

両者とも国家、国民に対する背任者であり、国際秩序、民主主義に愚かさで抗う者である。

日本の恥、いや世界の恥だ・・・。

 

「太陽が・・・」

太陽が1秒間に放出するエネルギーは灯油に換算すると、1億トンの更に100万倍の燃焼熱に等しく、地球に対する効果としては、地表1平方センチメートルの面積に対し、60秒間に2calのエネルギーを供給している事になり、その表面温度は5800度K、中心付近の温度は15500000度Kに達し、通常では太陽表面に見える「黒点」の数が多い時ほど太陽の活動は活発になっている。

黒点は2000ガウスから4000ガウスの強力な磁場で、太陽表面温度の平均が5800度から6000度なのに対し、4000度くらいと周囲より温度が低く、これは太陽中心部から対流によって運ばれる熱を遮っている為で有るが、この黒点の活動には11年の周期が有り、11年ごとに黒点磁場の極性は逆転し、従って黒点磁場の極性は22年で1週する。

また太陽は地球時間の約27日周期で自転しているが、この自転は太陽系の他の惑星でも同じように厳密には安定しておらず、自転速度変化には超周期変動の他、代表的なものでは110年周期が予測され、こうした周期ごとに早くなったり減速したりを繰り返している。

そして太陽のエネルギー的活動と黒点には密接な関係が有り、太陽の黒点が増加している時は太陽の活動が活発化している事から、この時期を「極太期」と呼び、逆に黒点が少なく太陽の活動が低調な時期を「極小期」と呼ぶが、この周期が11年ごとの極性逆転で22年周期になっていて、黒点の少ない時期と地球の寒冷化は符合する。

地球の気温は地表に有る雲や氷河雪原による太陽光反射率、CO2に代表される温室効果ガスの空気中含有率、ミランコビッチ・サイクルと呼ばれる地球の自転軸の変化による周期変化、或いはカオス理論によるところの10万年程の周期変動などが存在するが、こうした周期には例外も存在し、必ずしも確定的な周期ではない。

気象学的には統計的な平均気温は存在するが、そもそもこうした統計学的な平均気温は厳密には存在せず、地球の気温は常に波のような変動を繰り返していて、この中で気温の高かった部分を山とするなら、低かった部分が谷になり、この周期変動は波の形で有る事から、顕著な部分を頂点とした緩やかな曲線、若しくは急激な変動は関数座標系の反比例曲線を描きながら、常に変化している。

一般的に氷河期のサイクルは2万年、4万年、10万年の周期を持つが、2や4と言う数字の延長線上には8万年のサイクルも予想され、氷河が緩む時期を間氷期と呼ぶが、間氷期にも2000年、600年、300年、60年、30年の寒冷化周期が予想され、こうした時期に太陽の黒点数が減少している場合が多い。

10世紀から14世紀初頭、ヨーロッパの気候は温暖だった事が知られているが、その後14世紀後半から19世紀にかけては気温が低下し、1645年から1715年にかけて太陽の黒点活動は停止状態になり、この頃から世界的に寒冷化が深刻化すると共に、地球の火山活動が活発化、噴煙と自然気温の低下の相乗効果的寒冷化が始まって行く。

また解っているところでは紀元0年付近から300年、紀元後900年頃から1300年頃、そして19世紀以降の現代の3回の地球温暖化が存在し、その期間の中間は気温の谷、所謂寒冷化になっている事がわかっているが、この原因が何によるものかは解析できないものの、その内の記録が残っている部分では太陽の黒点活動の低下が符合していると言う事で有る。

カオス「混沌」の一つの傾向は「分散激化」や「濃度の両極化」に有る。

つまりこれはどう言う事かと言うと、例えば地球温暖化と言うこれまでの傾向に対する混沌は、単純に地球の平均気温が上昇すると言ったものではなく、片方で寒冷化が激化し、片方で温度上昇が激化すると言う事を示している。

事実過去の寒冷化記録は全て北半球のものだが、この時期南半球では何が起こっていたかと言うと、北半球で寒冷化が深化しているとき、南半球では比較的雨が多くなり水害が発生していた記録が残っている事であり、更に北半球で温暖化が進んだ時期に乾燥地帯が拡大したものと考えられている。

更にアメリカ国防総省が地球温暖化に関し、専門家に提言をまとめるように依頼した極秘文書中(2004年に流出)には、2009年頃から北半球の気温が低下し、2016年には一部で5度から6度低下し、最終的な北半球の気温低下は7度までに拡大するだろうと予想されていた。

人間はもしかしたら良くも悪くも自身を過大評価し続けて来たのかも知れない。

氷河期のサイクルであるミランコビッチ・サイクルよりも人類が発生させる地球温暖化ガスの方が影響が大きいだろうと言いながら、現在夏の気温上昇が激しく、しかも冬の到来が以前より早くなってきていて、この道60年と言う農業関係者の古老は50年ほど前はこうした寒さが普通だったが、その頃に戻ってきていると証言している。

また人間が排出していると思われたPM2・5などの大気汚染物質も、その原因が見られない関東平野で濃度が高くなった事例が出てきたが、火山の噴煙でも同物質の濃度上昇が確かめられるに至り、或いはCO2などの温室効果ガスの影響よりも、大きな自然原理の中で人類の僅かな悪事くらいでは影響されない大きな力が働いているかも知れない

カオス理論による混沌の速度ではフラクタル性(自己相似性)の出現が有る。

太陽の黒点周期は一部では株式相場、地震などの周期に関係するとされているが、混沌の概念の一つが「濃度の両極化」に有るなら、北半球の寒冷化や気象変動、砂漠地帯での水害の出現、或いは経済に措ける貧富の差の拡大など、その傾向はまさにバラバラで有りながら、どこかで「分離・激化」と言うフラクタル性がチラチラ透けて見えるような気がする。

不気味な青いLEDイルミネーションより、私は荒天に差す僅かな太陽の光を有り難く思う・・・。

[本文は2013年11月19日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]

「回答書簡」・11

ドイツの「ロベルト・ミヒェルス」(Robert-Michels・1876-1936)が提唱した「寡頭制の鉄則」(ehernes・Gesetz・der・Oligarchie)、またイタリアの「ヴィルフレド・パレート」(Vilfredo-Frederico-Damaso-Pareto・1848-1923)が提唱した「エリートの周流」、「循環史観」によれば「あらゆる政治は必ず寡頭制に移行する」とされているが、政治の本質が調整機能で有るなら、この原則は3人以上の人間の集合から、世界情勢まで全て同じ道を辿る。

寡頭制(かとうせい)とは、「少ない頭」を意味し、一般的には5名以下の権力者によって集団の意思決定が為される形態を言い、この権力が分散した状態が原則的民主主義となる。

しかし寡頭制と民主主義は同じステージに立つものではなく、寡頭と言う形はある種の宿命や人間の「業」、自然摂理に起因するものであり、従って独裁社会にも民主主義にも、社会主義にも立憲君主制でも寡頭制は存在し得る。

権力の質は概ね5種存在し、「資本力」「暴力」「人間性」「非人間性」「伝統・家系」に分かれるが、この中で一番弱い権力が「人間性」であり、その次が「資本力」、そして一番強い権力は「暴力」と「非人間性」であり、薄く範囲が広い権力が「伝統・家系」と言う事になる。

すなわち、寡頭制での権力とは「暴力」「軍事力」や「冷徹さ加減」を指しているが、暴力の無い場面でも言葉による暴力を扱える者、狡猾で必罰がはっきりした者の発言が主意を占める事を考えれば理解がし易いだろう。

権威の担保としての暴力、軍事力は一番理解しやすく明快になる。
しかし暴力、軍事力が誰のものかと言う命題に付いては、昭和天皇がその態度でこれを示している。

2・2・6事件の際、青年将校達の行動を叛乱としている事は、軍事力に天皇が干渉しないと言う態度を示したのであり、この意味では軍事力は天皇の為に有るのではないことを、日本と言う国家に帰結するものである事を示していて、天皇は事実上日本の国家そのもので有りながら、国家有事の際を想定するなら、国家を超えたところに有る事をして権威たらしめている。

また天皇の権威はその権威を行使しないところに発生していて、それが故に天皇の権威は輔弼事項に付託されたのであり、実際に昭和天皇で言うなら、天皇自ら御前会議で政治に対して発言された機会は2度しかなく、太平洋戦争開戦の時と終結の時のみである。

この意味で当時の日本は大日本帝国憲法下に有って立憲君主制だったが、輔弼事項だった政治家と軍部、経済支配者達によって既に寡頭政治体制になっていたのであり、ここでは貴族階級がそれを糾すことが出来たかと言えば、彼等も一緒になって日本を窮地に追い込んで行った。

つまりは弱体化、堕落して行く政治体制に有っては、それに対立する勢力が道を正すのではなく、それを更に劣化させるもので有る事を学んでおく必要が有る。
こうした事が理解されなかった為に細川護煕政権が成立したのであり、民主党政権が成立した事実を忘れない事が肝要となる。

「三政共存論」の論旨は古典的なアリストテレスでもローマを理想とし、この概念を平面的に捉えるなら君主制と貴族制、民主制が共存する事を理想としたが、現実はそうも行かない事もまた示している。

つまりアリストテレス以降の政治学では君主制、貴族制、民主制は少しずつ形を変えたとしても、どの時代のどの場面でも存在し得るものであると言う概念を持っているのであり、自由の概念が「先に契約の無い事」「負債を負っていない事」に有って、その状態が貴族だった事を考えるなら、今の時代に有っても貴族の要件を叶える者は存在し、日本人がもしこの国が瓦解した時誰を頼るかと言えば、天皇にそれが有るなら、日本人は意識しようとしまいと、薄い立憲君主制に在る。

そして内閣総理大臣が日本で一番大きな権力を持つなら、ここでは擬似君主制も擬似貴族制も民主制も存在し、簡単に言うなら今のこの日本の状態でも「三政共存」に在り、このことが何を意味しているかと言えば、君主制も貴族制も民主制もどの時間帯の何を見ているかに過ぎない、もっと解り易く言うなら、「何も存在していない」事を指しているのではないだろうか。

また天皇の輔弼事項と言う考え方に付いては、「天意」と言うものを考えるなら解り易いかも知れない。
天意とは天皇、人、雨や晴天などの気候、或いは風に揺れるススキに同じものかも知れない。

明日関東に大地震が発生し、更に富士山が爆発し、東海地震が起こって日本海溝がもう一度大きく揺れ、これによって日本の中心が壊滅し、日本政府が政府機能を果たす事が出来ず、政治家も烏合の衆と化して生き残る事が精一杯の状態になったとしたら、日本人は誰を中心にして国家を再建しようと考えるだろうか・・・。

太平洋戦争敗戦のおり、日本の政治家や民衆は誰を頼っただろうか・・・。
皆自身の事を省みず、昭和天皇に泣き付いたのではなかったか、天皇とはこうしたことで有り、それゆえ国家そのもので有りながら、国家の上に在るものと言え、ここでは君主と言う言葉すら既に軽い。

天皇は「政治」ではない。

私は寡頭制の権威で「人間性」と言う権威が一番弱いと書いたが、この一番弱い権威こそが一番強力な「暴力」に対抗できる権威となり得る。
すなわち銃口を向けられても、私が日本国民である事実は変えられない。

民主制で有ろうが立憲君主制で有ろうが、はたまた独裁政権にしても、大日本帝国憲法に戻そうが今後25年間は、日本と日本民族は艱難辛苦に曝されるだろう。
人々は絶望の中で堕落していくかも知れない。

だが、私は日本を信じている。
いつかまた世界に冠たる国となる事を信じている。
この思いは政治によって変える事は出来ない。
これが私の、日本と言う国家に対する思いである。

[本文は2013年11月14日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]

「派閥順位入選」

日本芸術のトップの座は2種存在し、その初めは帝国美術展(帝展・文展)帝国美術院が、太平洋戦争敗戦と共に日本美術展覧会(日展)日本芸術院に名称を改め、「日展」とされた経緯を持つが、この中で力を蓄えてきた工芸分野の「山崎覚太郎」(富山県・1899年ー1984年)と「松田権六」(石川県・1896年ー1986年)は互いに対立を深め、ぞれぞれが日本美術界の上層部に上って行くに従って、その亀裂は決定的なものになる。

独創性、創造性を重視した山崎覚太郎に対し、工芸的な技術を重視した松田権六はやがて日展を退会し、かねてより得意としていた政治的な動きによって「日本工芸会」を設立し、ここに「文展」「帝展」「日展」と一つの流れだったものが「日展」と「日本伝統工芸展」の2つに分離されたのである。

そして日展の頂点が「芸術院会員」であり、伝統業芸展の頂点が「人間国宝」だが、この2つの頂点は必ずしも芸術的評価を受けて成立するものではなく、あくまでも互いの会派の政治的頂点である事から、贈収賄は日常茶飯事、その入選規定にはどちらの会派も金銭や権力闘争の結果として妥協された仕組みに支配されていた。

サバが好きだと言った松田権六の家には毎年大量のサバが届き、氏はそのサバの処分に困って庭に穴を掘って埋めていた逸話は口伝として有名であり、輪島市に存在する輪島漆芸研修所の職員人事権までも、事実上石川県出身の人間国宝が権限を持っているとされているが、人間国宝の選定に付いても既存人間国宝の影響力が大きく働いていると言われている。

また同様に日展に措いても、今般問題になっている「割り当て入選」や受賞はその発足当時から存在した事で、例えば昭和60年近辺で派閥順位によって入選の決まった者は300万円、特選は600万円の謝礼を用意しなければならず、この金が捻出できないと順位が来ていても、入選や特選の選定を受けることが出来なかったとされている。

日本には初めから公正な芸術の評価機関は存在しなかったのである。

それゆえ派閥順位で権力を持つ、芸術的才能の無い芸術家が支配する日展や伝統工芸展は才能の有る若者、心有る者ほどこれを排除して来たのであり、この経緯は文化庁の怠慢が原因と言える。

芸術院会員も人間国宝の選定も、基本的には各種団体の推薦によって決定されている。

つまりは日展や伝統業芸展の会派と、その予定者が所属する地域団体の推薦によって成立している事から、ここには芸術性の必要は無く、むしろ芸術が持つマイノリティーは排除されるしか無い現実を看過し、これを全て丸投げしていた文化庁の在り様こそが、今般問題となった「派閥順位入選」問題を生じせしめていたのである。

そしてもう一つ、こうした不正の背景には日本人の芸術性の低さ、個人の自覚の無さが背景として考えられる。

芸術を理解する事が面倒な日本人は、その評価を他者に依存し、他者の評価を自身の評価として来た経緯が有り、この最も歴史の深いシステムが茶道や華道などの家元制度だが、このシステムは準無限連鎖講であり、こうした日本的なグレーシステムよって日本芸術の権威が守られて来た流れが有る。

かつて石川県の北国新聞が特集した「工芸王国石川」と言う記事では、若い作家が先生の所へ菓子折りを持って行ったり、先生の作品を買ったり、或いは先生の作品展に借り出される事を「文化」だ、「潤滑油」だと堂々と書いているように、社会自体がこうした事を容認し、この中で育まれたシステムが継承されてきた流れは、そう容易に変えられるものではない。

新聞と言う公のメディアの記者ですらこれぐらいの意識しかない日本の背景は、既に発生している地方崩壊と共に、既存制度に更にしがみ付く傾向を強めるだろう。

日本の芸術界は既に完全に狭い盥(たらい)の中でしかなく、しかもそこにしがみ付く者達によって狭い社会で競争が発生し、劣化競争となり、一般工業デザインや大量消費財の美的感覚よりも完全に劣っている事に気が付いていない。

また大衆も知識が無いものを恐れ、それを他者に依存して評価する在り様を省みる必要が有る。

どんなに権威が有るとされるものだろうと、例えそれが何か理解できないとしても、「自分はどう思うか・・・」と言う事を大切にしなければならず、こうした意識こそが芸術を育む道であり、これは情報や映像、味覚などの嗜好に付いても同じである。

今般の日展の問題は、実は見える事以上に深い問題と言え、日本人の文化が持つ半分の悪い方向に拘るもの、言わば日本が持つ文化や国民が無意識下に持つ儒教思想の形に拘るものが横たわっていて、その最大の原因は「権威主義」と言うものではないかと思う・・・。

[本文は2013年10月31日Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]