「消費税の本質」・Ⅰ

租税の概念は「国民」が社会や国家を維持するために行う「応分の負担」を意味するが、現実にはこうしたことは有り得ない。

君主政治ではその君主を、独裁国家ではその独裁者を、そして民主政治では「国家組織」を維持するためにその予算の多くが使われ、国民が租税によって受けられる恩恵は正確には計算できず、またこの恩恵を受ける者は「より多くの資本を持つ者」ほど大きな恩恵を受ける結果となる。

また税には直接税と間接税が存在し、直接税の代表格は「所得税」だが、間接税とは「消費税」や「関税」などを指していて、この税の体系からするとそれぞれの国家に措いても、その国家によって直接税に重きを置く国、また間接税に重きを置く国があるが、一般に資本主義、自由主義経済国家に措ける税の基本は「直接税」であり、これが崩れていくと間接税が主要税体系の国家となっていく。

今日日本の税体系となった基礎は、太平洋戦争に日本が敗戦してから5年後の1950年、カール・シャウプが団長となって混乱してしまった日本の税制について検討するため使節団が結成され、この使節団が出した報告書によって太平洋戦争までの日本の税制に対して改善が求められ、同勧告によって日本の税制は戦前より大きく改善されて行ったことに端を発していて、この当初はアメリカ型の税制体系が採用されていった背景を持つ。

そしてこの勧告を行った日本税制使節団団長の名前を取って、同勧告は「シャウプ勧告」と呼ばれるが、明治政府が行っていた税制の体系は「直接税」が基本だったが、これが軍事大国化するに従って「間接税」が増加し、全く意味不明の「付加価値税」や「消費税」に近いものが混在するようになり、戦争体制時の日本の税制は所得税などの直接税の比率が56%、そして間接税の税収比率は何と44%にも上っていて、軍事政権はあらゆる名目を使って国民から搾り取っていたことが伺えた。

シャウプ使節団はこうした日本の不公平かつ経済を圧迫する税制体系の、まず間接税を整理した。

つまり消費税に当たるものは「酒」や「関税」などに限定し、その他を排除し、直接税を主体とした税制体系を目指したのであり、これは経済が安定していたアメリカ型の税制体系でもあり、日本はこの後40年に渡って基本的には「直接税」主体の税制を維持するが、1989年、いわゆるバブル経済にそろそろ終焉が見えてきた頃、40年ぶりに税制体系の見直しに入り、「消費税」などはここから本格的なものとなっていく。

だがここで私などが思うのは、アメリカの経済に対する健全性である。

思うに人が物を買うのに、つまりはお金を払うと言う経済的貢献をした上に、何故税金を払わなければならないのかと言う素朴な疑問である。

確かに酒やタバコなどは嗜好品かも知れない。

が、しかし食料や生活必需品、その他移動に必要不可欠な自動車なども、これのどこが生活からかけ離れたと言える程の「贅沢品」だろうか。

日本に措ける消費税の根本的な出発点は、「富裕税」と言うもののあり方ではなかったか、その豊かなことをして、そこに課税しようと言ういわば歪んだ「平等」の考え方が受け継がれ、その初期の消費税は一般の民衆の平均所得では買えないものを買う場合にのみ限られていた。

つまりは消費税の概念は「贅沢税」だった訳だが、このことを考えると所得税に重きを置くアメリカの税制体系は極めて分かりやすいものだったが、こうした中でその繁栄のピークを終えていったヨーロッパ諸国は消費税などの間接税を上げていく方向へと流れて行ったことを考えると、消費税が税収に占める割合が高くなる社会や国家と言うものは、いわゆる「衰退社会」と言うものではないだろうか。

本質的に租税概念の理想が「国民としての応分の負担」であるなら、この応分を固定したもの、避けられないものとした解釈をすれば国民からはいくらでも搾り取れる。

しかし国家が国民生活の安定や、その生活水準の向上を考えるなら、苦しい時ほどその国民負担を軽減しなければならなくなる。

国家のための国民か、国民のための国家かが問われるが、衰退していく社会や国家はどうしても国家のための国民となって行きやすい。

その原理は国民の政府組織への依存であり、民衆の中で国家に依存する者が多い社会は国家主義的な考えになりやすく、それはどういう意味かと言えば、例えば年金を貰っている人口が多い国家、政府の補助金や政策が無ければ動いていかない大企業の増加などだ。

ここでは既に生産性を高める経済は存在しておらず、言わば国家から何がしかの受益を受けることしか成されていない。

そのために「最初に必要経費がありき」の社会となり、それを国民がまた均等に負担し、そこから還元を受け、この循環が繰り返される度に財政はマイナス幅を増やしていく。

だが良く考えるといい、太平洋戦争時の日本の消費税は全体の税収の44%にも上って、その予算の利用目的が軍事だった。

当時の事情を考えればこれは避けられないことだっただろう。

そして現代はどうだろう、年金の支給や医療保険制度を廃止できるか、大企業に対する補助事業を止められるか・・・、それは出来まい。

だとしたら事情は太平洋戦争時と同じことなのであり、日本は非常事態国家の方向へと経済が向かっていることになる。

「消費税の本質」Ⅱに続く

※ 本文は2010年9月22日、yahooブログに掲載した記事を再掲載しています

 

 

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。

2件のコメント

  1. 「夢占い・1」、「夢占い・2」、「夢占い・3」、「夢占い・4」

    色んな意味で大変参考になり、又、新しい知見を得ることも出来て、誠にありがとうございました。

    嘗て、フロイトの「夢判断」~女性セ〇ン程度の夢判断まで、各種の本を読みましたが、それぞれ、正確にその夢そのもの~その時の状況など多種絡んでして、容易に判断が付かない事も多いし再現性の問題で、論理としては面白くとも、使い方は難しいとの印象が、残ったが、友達の間では、比較的詳しい、占い師の様で、それなりに楽しかった気もしする。

    脳は記憶を書き換えるし、時間が経てば、記憶も薄れる。

    胡蝶が夢で、自分に成っているのか、自分が夢で胡蝶のように、儚く飛んでいるのか、境は不分明でも、愛する人がいれば、時間を共にしたいと思うし、生物的各要求が有れば、それを満たして生き永らえようとするが、それも夢かも知れない。
    現実が必ず、厳然と存在するとも思えないし、煩悩かも知れないし、それが存在意義かも知れないし、天災や事故・病気で、突然終末が訪れるかもしれないが、それまでは、儚く危うい現実のような夢のような中で、成り行きで遣って行こう(笑い)~~♪

    少なくとも、日本人は、「神の前の平等」な民族より夢に対する考え方・行動に知恵がある~~♪
    日本人は、特に今流行の「知識人」を代表として、自縄自縛に陥り、それを忘れがちであるように思えるけれども・・・

    1. ハシビロコウさま、有り難うございます。

      夢占いの記事は2012年の記事でしたが、この暫くして「金縛り」の記事も書いたような気がします。
      また今の占いは薄いですよね・・・。
      いい加減な部分と言うか、怪しい部分が少な過ぎて夢が無い。
      DNA螺旋には多くの無駄な情報が存在して形成されています。
      そして一番こうした無駄な情報が多いのは人間と、生物としての歴史が長い「カエル」だったりします。
      秦河勝は蘇我氏の商人ですが、これに回文のまじないを贈る聖徳太子、いかにも怪しい話ですが、吉備真備の話にしても適当感と怪しさがプンプンです。
      実に余裕が感じられますね・・・。
      精神科医や心理学者の話は本当につまらない。
      人間の考え方や行動がまるで基準を持っているかのような考え方だと思う、そこが既に誤りの元のような気がするのですが・・・。

      コメント、有り難うございました。

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