「スケールフリーネットワーク」

例えば極めて基本的な饅頭が有ったとしよう。
この饅頭はそれが発生した初期の段階は大変人気が高く、また他に競争相手がいない事からとても多く売れる。

しかしやがてこうしたとても多く売れる状態をして、同じ饅頭を作る菓子店も増えてくることになるが、そのうちこうした同じ饅頭を作る菓子店は組合などを作り、自己防衛をはかる様になると、それは一つの大きな饅頭製造の核となり、やがて常に安定と破壊を同時に内包する人間の欲求は、核となるもの、スタンダードを壊して行こうと言う方向へと向かう。

ここから次第に「饅頭もどき」が多数発生し、その中では安定した数量しか売れなくなった饅頭の売り上げを越えてくるものが現れ、そこにまた他の菓子店が同じように群がって、そんな事が延々繰り返されると、全ての菓子店は饅頭を通して大変複雑な経路を辿りながら全く干渉しあわずに繋がり、また饅頭と言うアイテムで有りながら全く饅頭ではないものも「饅頭」となり、この媒体の端末に行くに従って、饅頭と言う形態は壊れていくが、ここに大きなネットワークが形成される。

この仕組みを「スケールフリーネットワーク」と言う。

そしてこの仕組みは数値モデルにすると、現代社会を支えるコンピューターネットワークそのものであり、また人体などの生物の生体内代謝反応回路、生態系の食物連鎖の仕組みなども全く同じものであり、経済や社会構成なども同様である。

いわばスケールフリーネットワークは自然の仕組みそのものとも言える。

あらゆるネットワークは抽象化すると、そのシステム構成単位を「node」(ノード・結節点)と、それを繋ぐ「link」(リンク)の2つの構造に求めることができるが、こうした仕組みを数理的に解説した2つの理論モデルが存在している。

その1つはD・ワッツとS・ストロガッツによる「スモールワールド・ネットワークモデル」だが、例えば全く面識も関係もない2人の人間が、一体何人の友人や知人を介すれば出会う事になるかと言えば、これが意外と少ない人数の関係で出会ってしまう。

大体5人、ないしは6人の関係を辿れば全く縁もゆかりもない人間同士が辿りついてしまうほど実際の世界は小さく、これはノード(結節点)がランダムにリンクされた場合のモデルだが、実際の人間が持つそれぞれの人間関係は決して皆がランダムに同じではない。

人間がそれぞれ持つあらゆる関係は、ある2人の友人が互いにも面識があったり、姻戚関係が有ると言う具合に「cluster・structure」(クラスター構造)、つまりは不均一な集合体を持っている。
そしてこうしたスモールワールド性が持つランダム特性とクラスター構造は一見すると相反することのように見えるが、互いがそれぞれの特性を持ちながら両立しているのがこの世界である。

更にここで出てきたクラスター構造だが、ではクラスター構造にはどんな優位性があって、集合体が出来上がるのかと言えば、ここでの優位性は「優先的選択」となっていて、これがもう一つのネットワーク理論である「スケールフリーネットワーク理論」の根幹を成している。

例を挙げれば人間でも社交的な人とそうでない人がいて、また職業上多くの人に接しなければならない人もいれば、それほど人に会わなくて済む職業の人もいるが、この構造の中でより多くの人に接しなければならない人には、より多くの人が集まってくる、若しくは集められていくが、少ない人としか接点がなければ、その人の集まりは小さくなって行く事になる。

芸能界やこうしたブログの世界でもそうだが、より多くのリンク数があるところには更に人が集まっていき、いずれはそこから別のノードへとリンクが伸びて行き、今度はやがて当初は多くのリンク数を集めたノードが、ただの通過点になって行ってしまう。

またこうした一方で、多くのリンクが繋がり発展していくノードとは別に、逆にリンク数が減っていくノード(結節点)は何を意味するかと言えば、それは人間の孤独化である。
実は芸能界と同じで、ネットワークの中で多くのリンクを集める者は数が少なく、反対にリンクが少ない者の方が数が多く、ここでは疎外感が膨らんでいく事になる。

それゆえ、現代社会に措ける犯罪の在り様が、自己の爆発型となるのは、自分に対するリンク数の少なさと言う、どうにもならない理由に端を発している限り、減少する事はないのかも知れない。

現実のネットワークは、ノードやリンクの増加によって自発的成長をしていくが、リンクの増え方はこうした理由からランダムにはならず、「優先的選択」、すなわちより多くのリンクを持っているノードに繋がり易く、リンクしやすいと言う事を考えるとき、一つのノードに対するリンク数の分布はどうなるか・・・。

これに対して答えを示したのがA・L・バラバシ等の研究者であり、その結果は「逆べき分布」、つまりはもっともポピュラーな統計分布である、ガウス分布などの釣鐘型等の形態にはならない、一切の特徴的なスケールのない分布となるのであり、このことをスケールフリーと言い、A・L・バラバシ等はこの世に存在するあらゆる現実のネットワークでも、その多くがスケールフリーの性質の中に有ることを示した。

これは何を意味するかと言えば、例えば市場動向や国際情勢、人口動態など、あらゆる統計が示しているグラフなどの統計図形は、その延長線上には無意味が待っていると言う事であり、常に先は決まっておらず、どこかは発展するが、それがどこかは現在の時間軸では分からないと言う事を示しているのである。

また優先的選択によって多くのリンクを持つ少数のノード、これを「hub」(ハブ)と呼ぶが、如何なるネットワークでもこのハブが重要な役割を果たしていて、ダメージに対する耐性や情報伝達には決定的な役割を果たしている。

そのネットワークの中心付近には多くのリンクを持つ少数のノードが見られ、そして端末に行くに従ってリンクの少ない多くのノードが存在するが、ちなみにこうした形態をイメージするなら、まるで無限連鎖講が円状になって形を崩したもののように見えない事もない。

何とも不思議な、ものである・・・。

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。

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