「あなたはオリジナル?」・1

1972年ドイツ、ハーメルンに住むパウルスと言う青年(21歳)は、この日先週に会ってから以後忙しくて会えなかった恋人のエヴァ(19歳)とデートの約束をしていたが、せっかくの休日にも拘わらず、朝から大したことも無い用事を頼む母親と口論になり、デートの時間に遅れて、その待ち合わせ場所である洋服店の前に到着した。

「しまった、20分も遅れてしまったぞ」パウルスは走ってきたおかげで乱れる激しい呼吸を整えると、時計を見て周囲にエヴァの姿を探したが、人通りもまばらな休日のこの通りにはどこにも恋人の姿は見当たらなかった。
「おかしいな、怒って帰ったのかな」パウルスは少し不安になってきたが、それでももしかしたら彼女も遅れているかも知れない・・・、そう思って暫くその店の横にある空き地に腰を下ろし、もしかしたらだが、彼女が現れないかと思って待つことにした。

青い空がまぶしい新緑の季節、そして今日は風も無く、自然公園の湖に行くには最高の天気だったが、その前にずっと彼女が欲しがっていたブラウスを一緒に探す約束だった。
そしてそのブラウスは、勿論パウルスが彼女の誕生日にプレゼントする予定のもので、そのために一生懸命働いているのだが、そうしたパウルスの気持ちはどこかエヴァには伝わらず、なかなか会えないことでエヴァは会うたびにそれに不満を漏らし、本当の所はパウルスとエヴァの中は最悪、パウルスにとってはこれが最後のチャンス、起死回生の逆転となる大切なイベントだったのだが、その大切な日に遅刻してしまうとは、全くついていない・・・。

そしてそれから10分ほど経過した頃だろうか、午前10時、いくらなんでも彼女が30分も遅れてくるようなことはあり得ない、そう思ったパウルスはエヴァの家まで行こうと思い腰を上げたが、その時である。
どこかで聞いた事のある声がその店の中から聞こえてきたかと思うと、ドアが開き、中から人が出てきたが、何故か嫌な予感がしたパウルスは、自然と姿を店の影に隠すようにしてこれをうかがっていた。

「そんなバカな・・・」・・・、パウルスは思わず呟いたが無理は無い 、店のドアが開き、そこから出てきたのは何と恋人のエヴァで、それもこれまでに見たことの無いような笑顔、そしてもっと衝撃的な事実は、何とその隣でエヴァに優しく語りかけている男がいて、その男とは何とパウルス自身だったのである。
顔も同じなら着ている洋服も同じ、もう1人の自分が恋人と仲良くブラウスを選んで嬉しそうに店から出てきたのである。

パウルスは絶句した、だがおかしなもので、こうなると何故か自分が正しくても、世の中や恋人に対して整合性を保とうとするのか、「俺が本物だ」と言って出にくくなってしまうものらしい。
パウルスは上着を脱ぐと、今度は彼らに見つからないように、後をつけることにして、その様子を見ることにした。

それにしても何とも微妙な気分だった。
エヴァのあの嬉しそうな顔、そして隣の男が自分だから良いようなものの、何も知らない恋人とそれを伺う自分の立場の曖昧さ、その狭間でパウルスは何とも言えない惨めな気持ちにさせられたことは確かだったが、やがて2人は自然公園に着くと、そこから貸しボートに乗って湖に出ると、そのボートの上でキスを始め、しまいにはもう一人のパウルスが彼女の髪を撫で、抱き合ってしまった。

全く人目もはばからず、あのバカ野郎が・・・とは思ったが、どうせ周囲には同じようなカップルがボートにいて、やはり同じようなことになっているのだから、それはそれでと言うことになろうか・・・、しかしそれを木陰で見ているパウルスにとっては、こうした展開を喜んで良いのか悲しんで良いのかの部分があり、そしてここに至って、自分は何者だろうか・・・などと考え初めていた。

人間は面白いもので、どの瞬間でも世界に措ける自分の位置と言うものを把握していて、それは例えば狭い隙間を通るときに、自分の容積や形状をある程度正確に自身が知っているからこそ、そうした狭い幅のところを通れるか通れないかの判断ができるのであって、尚且つ自然界の物質や生き物は全て自身の情報を開示していることになり、その情報は例え無機質のものでも常に外に対して開かれているとすべきなのである。
しかし人間は現実には目が後ろには無いから、本来自身の正確な容積や形状を知ることは困難なはずだが、人体の端末まで血液を送っている、体をコントロールしている脳はおそらく本人の自覚とは別に、その情報の集積として自身の正確な容積や形状を把握しているのではないだろうか。

そして自身の形状や容積を把握すると言うことは、この世界で自身の位置やその外側を全て知っていることになるが、こうしたことはその人自身が知っていなくても、脳がどこかでこれを認知していて、それで人間は歩けるし、人ともぶつからない・・・、そうしたものなのではないだろうか。
つまり自分とは、そこだけ「他」と言う存在が入り込めない、「他」に対する空き領域と言うこともまたできるのである。

「あなたはオリジナル?」2に続く

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。

2件のコメント

  1. 「あなたはオリジナル?」・1

    最近、日本におけるペットの割合で、犬猫とも1千万匹程度らしいが、猫の割合が多くなったらしい。急激供給された所為なのか、幼児教育が、ヒトと同じで(笑い)お座なりにされて、猫としての基本的本能が発現できない~能力を獲得できない家猫が居るらしい。
    それで、通り抜けられない狭隘な所に嵌まったり、小動物を恐れたりするものまで現れているらしい。大抵は或る程度学習して、違和感ないまでに成長するらしいが、○○されて、繁殖期間に、感情の高まりは有るが、どうも不発らしい、気の毒になったものだが、種の保存のための、試練の時代かもしれない。
    それもその猫は、それ以外の猫ではなく、それを受け入れて生きているらしい、猫が本来の自分を取り戻す日は、いつ来るのか、猫に有らざる身ながら、最近の憂鬱事だ~~♪

    1. ハシビロコウ様、有り難うございます。

      こうなるとどこからどこまで自分で、どこからどこまで生きていたのか、それすらも解らない事になりますが、時々人間社会では説明の付かないことが発生し、それを科学的に解明しようとすると無理が有るし、神秘主義に走れば許容性を失う。
      私は当初から怪しい話の大家を目指していたのですが、こうした記録がいつか役に立てば、嬉しいだろうと思います。

      コメント、有り難うございました。

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