「千葉県北西部地震に関して」

気象庁の緊急地震速報の計測モジュール、エンジンは改良されて来てはいるが、原則範囲測定方式であり、どれくらいの範囲に振動が伝播したかに拠って、地震の大きさを判定する方式となっている。

揺れの大きさを現す単位の震度とは、やはり「規模」の事を指しているので、こうした方式は間違っている訳ではないのだが、例えば半径50kmの円内に1秒ずれた状態で2つ、3つの小さな振動が発生すると、その震動伝搬範囲が大きいと判断し、巨大地震が発生したものと判断してしまう。

また本震動より1・7倍早く伝わるP波を測定する数値である為、震源に近いほど間に合わない状態になり、震源から遠いところほど緊急地震速報は間に合う状態になる。

震源の真上に存在している場合、揺れ始めてから緊急地震速報のアラームを聞くことになる。

関東地震、関東大地震と概念されるものは、今のところ仮説でしかないが、複合地震である可能性が高い。

関東平野には中規模地震以上の震源となった箇所だけでも100を超える震源が存在し、この他に東京湾、相模トラフでは100年周期と400年周期の、巨大地震の震源域が在るとされている。

この内400年周期のものは、100年周期地震を包括して巨大化するものと見られる為、同じ関東大地震でも安政江戸地震と

1923年の関東大震災では、その規模に30倍以上の差異が生じている。

相模トラフは千葉県沖から神奈川県南部海域に及ぶプレート境界だが、これには数本のヒビが連動していて、その1本が東京湾に沿って関東平野に及び、関東平野は事実上カタカナの「キ」に近い形状でヒビが入った状態になっていると考えた方が分かり易いかも知れない。

相模トラフと南海トラフの関連性は深く、多くの場合、相模トラフ上で発生した関東地震の数年後、あるいは直後に南海トラフ地震が発生している為、関東地震はそれが独立したものではなく、南海トラフ地震の前震と言う側面も持っている。

元禄江戸地震は1703年、その4年後には宝永南海トラフ地震が発生しているが、この傾向は安政江戸地震の前後、1940年中期も同じであり、事実上元禄江戸地震と1923年の関東大地震の発生メカニズムは同じであると推定されている。

つまりこれらは南海トラフ地震の前震と言う事なのだが、こうした大きな地震が発生する10年から2年前には、相模トラフに続く関東平野のヒビの北限、千葉県北西部、茨木県南西部、栃木県南部での中規模以上の地震が多くなる傾向を持つ。

安政年間、1923年の関東大地震の数年前には地震研究が活発になり、安政年間では市井の人々の前兆記録が多く残り、1923年の5年前くらいから日本の最高学府でも地震の研究が盛んになるのは、こうした北関東の地震が頻発してきた為、世間の関心が高くなってくる事を反映したものだ。

北関東内陸部の地震が頻発してから、関東大地震に繋がるまでの期間は長い時で7年、次に5年、2年と言うバラツキが在る。

また2011年の日本海溝地震発生から以降、従来の周期地震予知法は、不安定化してきている事から、こうした連動性関連期間は、遠くなるか、近くなるかの激化傾向を持つ。

近い場合は2年という時間的余裕がない可能性も出てくる。

災害と言うものは国力に比例して大きくなったり小さくなったりする。

2021年10月7日に発生した千葉県北西部の地震は最大震度が5強だったが、もしこれが仮に1990年だったら同じ被害が出たかと言うと、おそらく今回発生した被害の10分の1にも及ばなかったかも知れない。

真新しいインフラに現在65歳になっている者の当時は35歳だ・・・。

無理をしていて手が付けられなかったインフラに、往時を過ぎて足腰も鈍った状態では、どうしても被害は大きくなる。

今一度自国の国力を謙虚に見つめ、災害対策を講じて措かないと、「想定外」や「かつて無い」と言う言葉だけが増えてくる事になる。

後出しなってしまうが、実は10月5日、千葉県では秋に桜の花が咲いていると言うニュースが報道されていた。

しかしその本数が10本前後だった事、体調が優れない事から、一抹の不安を覚えながらも、私は静観した。

10月7日、千葉県で発生した地震は、震度5強と言う微妙さだった。

1986年なら、私は震度5強の地震で何か意見を言うことは無かっただろう。

被害がほとんど出ないからだが、こうして30年も経つと多くのけが人や、インフラの破損が出てくる。

あらためてこの国の衰退と自身の衰えを感じざるを得ない。

そして秋に咲く桜と地震の関係だが、結果から言うと多分関係はない。

だがこうした植物の異常は高い気温に連動している事が多く、同じように古来から高い気温の年は大地震が起き易いとされている。

秋に咲く桜と地震には全く何の関係もないが、高い気温の時は同じ傾向を持っていると言う事なのであり、一方こうした傾向を絶対的と考えれば、そこに「道」を作ってしまう。

道とは何もないところに偶然存在する傾向を信じてしまう事であり、人はそれに当てはめ、その通りになる事をして信じるが、実はそれに当てはまらない時を否定しているからこそ、それが絶対的と信じてしまうのである。

この世の確率は、良いか悪いかだけなら、どんな小さな場面でも大きな場面でも、必ず五分五分のもの、つまりそこに「道」はないのだが、そこに道を見てしまうからこそ、「人」と言うものかも知れない。

信じる事の愚かさを知り、道の危うさを知って猶、それしか手がなければ「道」を信じるも悪くないだろう・・・。

北関東内陸部で中規模以上の地震が頻発した時は、早ければ2年後に関東大地震と言う事を、どこか頭の隅に入れて措いて頂ければ幸いです。

相変わらずの不調ゆえ、言い放しの乱文、誤字も多いかと思いますがお許しいただきたく・・・・。

お問い合わせに付き、回答させて頂きました。

 

 

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。

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