「青い空は少し悲しくて・・・」

「その企画では、だめだと思います」
「○○さん、それはどうして」
目が大きくクリッとしていて、少しきつい感じはするが、口元がきりっと結ばれているときの彼女の顔は、可愛いというよりは綺麗だったし、身長こそ低かったが輪郭のしっかりした姿勢は、ある種の精悍さも感じられ、社内では結構人気が高かった。

しかしこの女、なぜか私には徹底的に楯突くと言うか、逆らうと言うか・・・の態度で、同じように地方出身だからと思い、親近感を持っていたにもかかわらず、私の企画には必ず反対し、他の社員にはにこやかなのになぜか私には「ふんっ」と言った感じで、振り向いて去っていくとき、後ろに結ばれた長い髪が私の眼前をよぎる瞬間、その速度にまで憎しみを感じるほどだった。

勿論、私が彼女にセクハラでもしていたのなら、そうした態度もやむなしだが、そんなことは無く、何か気に障るようなことも言った記憶も無かったが、出向でこのデパートに来ていた期間を通して、結局彼女とはいつも対立と言う手段でしかコミニュケーションが取れなかった。

やがて私は生まれ故郷にある本社の経営が悪化してきたことから、北陸へ戻ることになり、それを機会に独立したが、東京から帰って1年半ほどのことだろうか・・・・、1本の電話がかかってくる。
そしてそれは懐かしくも苦々しい、くだんの徹底抗戦の女からだった。
「会えないかな・・・」、彼女はどう言う風の吹き回しか、少しばかり元気が無い声でそう話したが、思わず「会えない」と言おうとした私は、少し大人気ない気もして「いいよ」と答えると、彼女が待っている近くの駅まで車を走らせた。

彼女はこの地域の景色にはどこか溶け込んでいなくて、ベンチに座っていてもすぐに分かったが、下を向いている姿は昔よりは少し輪郭が弱くなっているように感じた。
「久しぶりだな・・・」
声をかけると、驚いたように私を見上げた彼女の顔は昔とまったく変わっていなかったが、わずかに憔悴した感じがした。

ちょうど昼食をとっていなかったので、私は彼女を誘って馴染みのレストランに入って定食を頼み、彼女も同じものを頼んだが、こう言うところはやはり仲が悪かったとは言え、その職業人らしい「気の短さ」だ、食事のオーダーは同じものを頼めば早くなる・・・、時間の無い者の考え方だった。

彼女の話は衝撃的なものだった。
彼女は米沢の近くの出身だったが、父親が土建会社をやっていて、その父親が亡くなったので、今度自分が後を継ぐことになったと言うのだ・・・、子供は自分1人しかいないし、母親はずっと体が弱く寝たり起きたり、他に選択の余地は無く、10日前に葬儀を終えて、東京まで荷物の整理に行った帰り、遠回りをして北陸にまで来たとのことだった。

そして、彼女は私に「ごめんなさい」と一言、それに対して私は「なぜ」と答えたが、私が本当は彼女のことが好きだったと言うと、顔を上げた彼女の顔は一瞬でバラの花が咲いたようになり、自分もそうだった、でも私が長男でいつか帰ってしまうことを知ってから、そのことで物凄く腹が立ち、ずっと反発していた・・・と語った。
彼女はそれを言いにわざわざ北陸まで遠回りしてきたのだった、そしてここでこんな話をすると言うことは、彼女は私にお別れを言いに来たのだ。

彼女らしい「かたのつけかた」だが、これから先、土建会社を仕切るのは大変なことになる、ましてや彼女は女だ、その道はとても険しく、失敗するかもしれない、でも彼女はそれに命を賭けるつもりなのだ。
だから昔の自分と決別するために、心に引っかかっていた私に本当のことを告げ、心おきなく先に向かおうとしていたのだった。
そしてこの場面で私に自分と付き合ってくれとは言わないのは、自分が土建会社を継がねばならないことからも分かるだろう、自分ができないことを人に求める女ではないし、それより何よりも彼女は同情されたくなかったに違いない。
だからせっかく過去の因縁が氷解したとしても、これは素晴らしい「別れ」の場面だったのである。

こんなことがあって翌年、彼女が私に仕事を頼んできたので、それが仕上がったとき様子を見に行こうと思った私は連絡を取り、米沢の近くの駅で待ち合わせたが、そこへ迎えに来た彼女は何とグレーのベンツを運転していた。
「さすがに土建会社の社長は違うな・・・」などと言い、ベンツの助手席に乗り込んだ私は、何気なく後部座席に目をやったが、そこには白いヘルメットと長靴が下に置かれていて、座席は図面や地図などが散乱していた。
また彼女は紺色のワンピース姿だったが、もともと色白だった昔の面影は無く、健康的な小麦色の腕で狭い道路をベンツですり抜けていくのだった。

彼女はその後ほど無く結婚し、子供が生まれたが、今度は婿殿を社長にし、自分は専務になってこれを支える形にしたようで、業績も順調だったらしく、それから年に1度くらいの割合で私のところへも仕事が来たが、以後は仕上がるとこちらから送ることにして、直接会うことはなかった。
だがそれも今から10年ほど前からは、まったく仕事が来ることも無く、年賀状や暑中見舞いのやり取りしかなくなっていたが、5年ほど前に年賀欠礼があり、旦那が亡くなったことは薄々感じてはいた。

そして今年のお盆、8月16日、突然彼女から10年ぶりくらいに電話がかかってきた。
彼女の電話はいつも衝撃的だが、今度は何かと言うと、なんと「倒産」だった。
仕事が無く、旦那も亡くなってしまったし、これ以上続けていても借金が増える一方・・・、この際家や財産のすべてを失って何とかなるならと思って、土建会社を倒産させた・・・と言うのである。
子供もすでに大きくなったし、後は母親の面倒を診ながらアパート暮らしだけど、スーパーのパートも始めていて、これはこれで「金」を工面する心配も無く、なかなか良い・・・と話す彼女の声は、どこかすっきりしたと言う感じの声だった。

私がまだ相変わらずの小規模超零細企業をやっていることを話すと、そんなの早く辞めて、どこかパートにでも出れば余計楽になる・・・などと言ってもいた。

男と女のこうした関係とはいいものだ・・・。
肉体関係などたかが知れている。
若いころはどうしても男は女を女と見るし、女は男を男と見てしまう・・・、がしかし、その前にともに働き、頑張った来た同志、仲間であり、それがこうした年齢になると自然に男女を越えたものになっていく。

青い空は少し哀しい・・・、そして私はいつも辛いときは心の中に緑の草原をイメージする、風に吹かれて1人で立っている姿を思い浮かべる。
何も無い、そして孤独・・・、だがすべてはこれからだ、これから始まるのだと思っていつも頑張ってきた。
そして電話で彼女の声を聞いていると、何となくこいつは自分と同じなんだな・・・、いつも1つのことが終わったら、そのときが何かの始まりのやつなんだな・・・と思い、いつかまた、何かの機会で一緒に仕事がしたいものだな、いつかきっと・・・・そう思った。

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。

4件のコメント

  1. 「青い空は少し悲しくて・・・・」

    ES・モースが日本へ来た頃、みんな貧乏だったが、貧困は無く、庶民はニコニコして生きていた、と報告している~~♪

    一時、金持ちを目指したが(笑い)、武運拙く(笑い)又、無常を感じて、ギリギリ貧乏で、やっと喰って行けるぐらいの状態が、良い事にして、生きている~~♪
    一遍だけ使い切れないお金に囲まれて、大贅沢している夢を見たいが(笑い)、未だにそんな事は、自分には起きていないが・・
    もしかしたら、お金持ちは、現実には、使い切れないお金を持って居ながら、無くす恐怖の夢に苛まれているのかも知れない~~♪
    怪しい元総理が、胆振地震の原因は、苫小牧の二酸化炭素の貯瑠実験が原因の人災だ、と宣ったらしいが、人は多様で、計り知れない。
    貧乏国へ行って(失礼)、子供たちが、元気に遊んでいるのを見ると、ウン十年前の昔の自分を見るようで、あのまんまの気持ちで生きるのは、勿論困難だが、何処で曲がってしまうのだろう、大人の知恵(?)~~♪

    1. ハシビロコウ様、有り難うございます。

      まだ封建制度の「家」がしっかり残っていた頃の話ではありましたが、私の知り合いの大手企業の社長も酒を呑むたびに、むかし本当に好きだった人とは結婚できず、親の言う相手としか結婚できなかったと話していたのを思い出します。
      でも私はこうした事も決して悪い事では無いと思います。男女と言えばすぐに肉体関係を考えますが、それ以前に人間同士、仕事仲間であり、色んな思いはあってもそれを乗り越えて自分の生き方を開いていく、それもまた人間の「好き」と言う概念の大切な部分であると思います。
      男女の友人は成立しないと言いますが、少なくとも私と彼女は、それを制度に拠って成立させた。その意思が有ったと言う事で、これはある種感情に任せて一緒になるより、大きなものが出てくるような気がします。
      ただ、残された時間は少ない。今まで巻き込んできた色んな人を集めて、皆と仕事をする夢はまだ果たされていません。

      コメント、有り難うございました。

  2. 「砥石が割れる」

    今、流行っているらしいが、同姓が婚姻届けを出せないのは憲法違反なので、憲法を守って、婚姻届けを出させろ~~♪

    憲法24条の事を言って居るようだが、これは藪蛇だろう。さすがの平和~平等の机上憲法だが、どう読んでも、同姓が婚姻する事は想定外で、合憲でも違憲でも無さそうだ。
    遺産詐取するつもりが無ければ、自由にして宜しかろうと思うが、実際問題、憲法改正は甚だ困難であるし、この条文を読み替えるのも難しそう。ヨーロッパでは認めらている国もある、とも主張しているようだが、ころころ憲法を変える国と、お仕着せ憲法で、ほぼ改憲不能の縛りが有る事も併せて考えた方が良い。
    子供は出来ないが、養子と言う手も有るので何でもできるが、あとで問題が起きない様に、「念書」を書いて、相続には影響を及ぼさない、とすればより良いかも、愛が有れば、財産なんかいらないだろうし(笑い)。
    その内、猫と婚姻届けを出したいとか、犬に遺産を相続させたいとか色々出そうだから、今の様に「金、万能」の世紀に影響が無いように少し考えて後は自由で宜しいだろう。ただ、未だ婚姻届けが出せないから二人の関係は、やや長く続いているようにも思うが、実際婚姻届けが可能になれば離婚届と言うか、関係の破綻は、今以上に出る気がする。
    それは例えば、売れない歌手のクループが、売れない時は一緒に頑張れるが、売れると解散になる確率が大幅に高くなるようなものだろう。

    男女について言えば、一休の作と言われる歌:-

    女をば 法の御蔵と 云うぞ実に 釈迦も達磨も ひょいひょいと生む、合掌~~♪

    ついでにヒト科であるゴリラにも同姓婚(?)の萌芽が有るようだが、人もきっと進化途中で、色々実験しているのかも知れない~~♪

    (コメント後の表示が少し変わったみたい~~♪)

    1. ハシビロコウ様、有り難うございます。

      男尊女卑の時代と言われますが、これだけ男女は自由にものが言えた時代でも有りました。
      ひどかったですね・・・。
      大方が下ねたの方々でしたが、職人の世界は常に言葉がけんか腰、そして大概は男の職人が折れていたものでした。
      振り返って今では男女格差を無くそうの時代ですが、逆にどんどん格差が出てきてしまっているように見えます。
      この国は力を失っていて、表面的優しさばかりですが、優しい言葉だけが優しさではなく、厳しい言葉の中にも優しさは有り、生きている者同士の社会とはこうした厳しいものの方が現実的です。
      そろそろ天気も良くなって来ました。
      イノシシに壊された田の畦の補修から始めようかと思いますが、今年もまた1年が始まってきた事を思います。
      いつか言っていた満面の笑顔のような稲を実らせて見たいものです。

      コメント、有り難うございました。

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