「うつむく男」・2

こうした事情からしまいには皆がウェイドを恐れ、誰も彼と同じ部屋にはいられなくなり、ついに彼はいつも独房へ入れられることになったのだが、それからそう何日もしない内に、今度は看守さへもウェイドの独房には近づかなくなる。
夜中静まりかえったこの監獄の奥の独房からは、毎夜やはり何人かの男女がひそひそ話をする声が聞こえ、それで看守が独房の中を覗くと、そこにはただ1人ウェイドが膝を抱えてずっと床を眺めているのだった。
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やがてウェイドの独房には食事を運んだら後は誰も近づかない様になって行ったが、それでも毎日食事が無くなることで看守達はウェイドが生きていることは確認できたし、覗き窓から様子を伺うと、ウェイドは相変わらず虚ろな瞳で床を見つめているのだった。
そしてそんなことが16年続いただろうか、ある日独房に差し入れられた食事に手がつけられていないことに気付いた一人の看守が、不審に思い覗き窓から中を覗くと、何とそこにウェイドの姿が無い。
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「これはどうしたことだ」、看守は慌てて仲間の看守を呼び、そして独房の扉を開け中に入ったが、そこにウェイドの姿はどこにも無く、もしかしたらこれは脱獄かと思われたが、あたりを見回してもどこにも脱走した形跡も見られなかった。
鉄格子も切られていなければ、地面を掘った様子も無く、独房は完全なまま静まりかえっていた。
ウェイドは独房から忽然と消えてしまったのである。
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ところでまた話はもとに戻るが、若い女性2名が殺されたウェイドの家だが、事件が起こってから9ヵ月後、ウェイドの母親とその再婚相手によってこの家は壊され処分されることになったが、家の暖炉を取り壊している最中、その下のコンクリートの中から若い男の白骨死体が発見された。
そして母親はここで妙な事を言い出す。
どうも背格好からウェイドでは無いかと言い出すのだが、この時点でウェイドはもう収監されていて、またウェイドには更に殺人容疑がかけられたが、この時も彼の完全黙秘によって、事件は被疑者不明のまま未解決事件となってしまう。
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更にフォートスミスの刑務所だが、ウェイド脱走の疑いはあるものの、その形跡も無ければ、それ以後ウェイドの姿を見かけたと言う話も無かったことから、ウェイド蒸発の翌年には彼を獄中で病死したものとして処理した。
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何とも言いようの無い事件だが、もしかしたら現代の科学捜査でDNA鑑定などが可能なら、もう少し判明する事実もあるのだろうが、今となってはすべては闇の中か・・・。
ウェイドは女性を殺した時、そもそも本人が生きていていたのだろうか、また収監されたウェイドは一体誰だったのだろうか。
そして暖炉下から出てきた白骨死体がウェイドなら、彼は誰に殺されたのだろうか・・・・。
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アメリカにはこれに似た話が後2つ残っているが、何れも囚人が獄中から忽然と姿を消し、またその1つには獄中の壁を見続けて過ごす男の話もあり、この場合などは獄中にありながら、男は外の様子をすべて知っていたとも言われている。
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またこうした事件の被疑者の殆どが精神的には解離性同一障害、つまり多重人格だったことが言われているが、もしかしたら多重人格には精神的疾患と精神的現象の両方が存在しているものなのかも知れない・・・。
T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。