「安易に笑うな」

目の前の現実とは有り難いものだ・・・。
一般的に私は夏も冬も咳き込んでいる時が多いのだが、ここ数日昼間でも咳が止まらず、何故か目の周囲が腫れぼったい気がしていたものの風邪だとは思っていなかった。

しかし家族の指摘で体温を測ってみたら38・8度、中々良い体温になっていた。
適度な眩暈が何とも言えないところでは有るが、今日は父親がリハビリ施設に行く日で、施設から迎えに来る車に乗る為には玄関の雪をどけておかねば、杖を付いてやっと歩いている父が歩けない。

心臓の悪い妻も寒くなってから殆ど部屋から出れなくなり、自分が食事の支度をしない限り、皆朝食が食べられない。
午前4時34分、必要なことを全て終わらせるには、これ以上寝ている訳には行かない。
まだ眠そうな顔をした猫を布団に残し、自分は室外へと急ぐ。

気温は氷点下2度、ちょうど風邪で火照った体を冷やすには程良い気温と言うものだ。

私は誰かと喋っていると、必ず何時も言葉に説得力が無いと言われるが、それは始めから説得しようと思って喋っていないからだ。
自分が生きるために精一杯で、人の事など構っている時間が無い。

また、私は何時も少し困ったような顔をしているが、これは安易に笑わない為だ。
基本的に人の笑顔は自分が不利益を被ると考えているからかも知れないが、本当に自分が必要とするものを手に入れようと思うとき、多分自分も引きつった笑顔を作ってでも何とかしようとするだろう。

これは自分に利があるからで、その笑顔を向けられた相手は、何某かの不利益を被る事になる。

笑顔で来る相手の本質的意味は自身の不利益となり、安易な笑顔は現状で余り幸福ではない者にとっては結構辛い事でも有るから、私はこうした人達の事を思って、と言うより最低限彼らを敵に回さない為にも、嬉しいことが有った時程悲しそうな顔をする。

「笑」と言う字の起源は、数千年の漢字の歴史上では後に作られた漢字である可能性が高い。

日本に措ける「笑」の起源は「古事記」に出てくる「天岩屋戸」事件が最初だが、怒って隠れてしまった天照皇大神に対し、アメノウズメノ命が桶の上で踊り、そこで神々の大笑いが起こり、それにつられて天照皇大神が顔を出し、世界はまた太陽を取り戻すと言う話だが、ここでアメノウズメノ命は胸をさらけ出し、しかも下半身を覆っている布もずり下げて露出し、そこで神々が笑っている。

現代版のストリップショーのようなものだが、実は日本神話には女神が自身の性器を露出する事の意味には「警戒」「門」と言う要素も存在している。

女神の性器の露出は「あんた、ちょっと何者なの」「怪しいわよ」と言う意思表示も有るのだが、この余りにもシュール過ぎるパロディで、アメノウズメノ命は見事に神々の笑いを取り、ここに日本で始めて「笑」の文字が出現してくる。

そこで後年日本での「笑」の解釈は「竹」と「巫女が踊っている姿」の組み合わせ、或いは巫女の踊る姿と、その巫女の手の形を現していると解釈されたが、「夭」は若く美しい事を示していて、草が生い茂る状態も指すが、古くは犬との関連が深く、「狗肉」は祭祀用の肉である。

漢字起源近くで「笑」に一番近いのは「喜」であり、これは太鼓の音に対する口の形を指していて、つまりは祭りなどで太鼓の音を楽しみ、肉などのご馳走を食べて和んでいる状態を指している。
「笑」はおそらくこの「喜」と「夭」(肉)、それに義や美などと言った「羊」の合字「善」(大人しい状態)などの意味が少しずつ寄せ集めらて作られたものの可能性が高い。

つまり古代に行くに従って少ないか存在しない漢字と言うのは、その状態が少なかった事を意味していて、古代に措いては「笑」と言う状態はとても貴重な状態だったと言う事かも知れない。

我々は便宜上笑顔になったり、相手に対して印象を悪くしない為に「笑」を用いているが、その実心から笑える時、本当に嬉しい時と言うのは生きている間にどれほど存在するだろうか。

「笑」と言う状態の貴重性はもしかしたら古代から何も変わってはおらず、我々が今用いている「笑」は動詞ではなく大半が「形容詞」、しかも自分の本当の喜びではなく、相手の為の「笑」となってはいないだろうか・・・。

「喜」も「笑」も本来は自分のものなのであり、しかも貴重なものだとしたら、何時も笑顔でと言う状態はやはりおかしい。

現代社会ではトレーニングしてまでも「笑顔」を作る事を善しとしているが、基本的に「笑」の解釈では「安易にそれをしてはならない」と言う戒めと危惧を提起している面が多く、こちらの方が長く続いてきた歴史上の解釈であろうかと思う。

「笑」の中には良し悪しはともかく、「破綻」の形が混在している・・・。

[本文は2015年1月7日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]

 

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。