「おかしい、誰もいない」

怪しい話の大家を目指すと豪語した者としては、この手の話を避けて通る事は人が許しても自分が許せまい・・・。
今夜は2015年6月2日、JR茅ヶ崎駅の線路上で起こった怪奇事件を記録して措こうか・・・。

6月2日、午後8時16分頃、そんなにスピードは出ていなかったものの、前方の駅を確認した電車の運転手は一瞬我が目を疑う。
何と線路上で子供が遊んでいる姿が目に飛び込んできたのである。
電車の運転手は急ブレーキをかけ、電車は急停車した。

そして慌ててJR茅ヶ崎駅の駅員達と運転手は子供を捜すのだが、子供の姿はようとして発見されなかった。
「少し疲れていたんじゃないか・・・」
駅員達の中からはそうした声も出てきそうな雰囲気だったが、これを払拭したのは駆けつけてきた茅ヶ崎駅で電車を待っていたほかの乗客達だった。

「確かに線路上に子供がうずくまって遊んでいた」と複数の目撃者が証言したのである。
だが、こうした経緯から駅に備えてある監視カメラの記録を調べたところ、監視カメラの記録にはどこにも子供の姿は写っていなかった。

結局ネット上では、数年前に茅ヶ崎駅で死亡した子供の霊だったのではないかと言う噂が広まったが、実はこの手の怪現象は記録に残っているだけでも10年に8件の割合で発生していて、乗務員や関係者が報告しなかったもの、記録に残せなかったものを含めると、推定だが年間10件程は発生しているものと見られ、その内60%が乗務員1名しか目撃していないものの、40%では複数の人が同じ人影を目撃しているのである。

私が同様の怪現象を記録したのは2010年8月1日、石川県野々市で発生した事件だったが、ここでも停車駅ではない野々市駅のホームから男性が落ち、それを特急電車が撥ねてしまうが、探しても探しても男性どころから血痕すら発見できず、その後運転手の見間違えと言う事で事件は解決されたようだ。

また変わった事件としては昭和49年(1974年)、山陰境港行きの最終列車に乗っていた乗客4人が全ていなくなる事件が発生し、境港付近で車掌が確認していたにも関らず、終着駅には誰も降りてこなかったのである。

この事件でも結局車掌の見間違えだろうと言う事になったが、その後も何回か同様に男性3人と1人の女性が列車からいなくなる怪現象は続き、関係者の間では結構有名な話になっていた。

更に1991年に破産したパンアメリカン航空から流出した非公開資料では、1938年から1985年までの間に、少なくとも37人が飛行中の航空機の中から消失している事が記載されていたようで、この内24人が乗客名簿に名前が記録されていながら、その後全く消息を絶っていて、残りの乗客に至っては搭乗記録にさへ名前が載っていない。

男女の比率は解ってはいないが、少なくとも9人は女性で、しかも消失した乗客は40代から60歳代くらいの人が多かったようだ。
統計的には2年に1人が飛行中の航空機から消息を絶っている事になるが、この手の事件もやはり世界的には、1年に数件は発生しているのではないかと考えられる。

そして自動車でも同様の事例は発生していて、いきなり飛び出てきた人を撥ねてしまったが、その後幾ら探してもその撥ねられた人が見つからず、警察が捜査した事例も存在する。

死体の隠蔽を疑った事例も存在したと言う事だが、大概の場合撥ねた痕跡、自動車の凹みや破損、血痕そのものすら存在しないしない事例が多いが、中には実際に車が凹みながら死体や負傷者が見つからない場合があり、これは鉄道の怪現象でも時々発生している。

未解決事件の中には、国道を横切る男性を撥ねてしまった自動車の運転手が救急車を呼び警察に通報し、駆けつけた警察が事故調査を始めたら、自動車の下からもう一人の全く別の男性の遺体が発見され、その遺体の死亡推定時刻は1ヶ月前、しかも身元は最後まで不明のままだったケースも有る。

1983年、広島市郊外の踏切では遮断機が降り、列車の通過を待っていた自動車の列を、後ろからやってきたパープルのTシャツにジーンズ姿の、自転車に乗った女性が横から追い越して踏み切りに進入、そこへ列車がやってきたが、列車が通過後、複数の自動車の運転手達は何事も無かったかのように、まだ遮断機が降りている向こう側を自転車で走るパープルのTシャツにジーンズ姿の女性を確認していた。

そしてこうして事故後、死体や負傷者が見つからないケースの反対側も存在し、電車事故でも自動車事故でもごく稀に血痕や肉片が車体に付着し、車体の一部が破損しながら運転手が全くそれを確認していないケースも有り、ただしこうしたケースでも死体そのものは見つからず、何か動物でも撥ねたのだろうと考えられているが、実際に血液鑑定をしてみれば、或いは人間の血と言うケースも存在するかも知れない。

人間の視覚のキーワードは「3」と言う数字である。

最も安定した基本的な構図の形態は「3点」であり、これは写真でも絵画でも基本中の基本だが、同時に近い部分で3つの点が存在すれば人間の顔を認識し易く、偶然でも他の事情でも自分が認識していない事柄が3つ重なると、人間はそこに何らかの「意志」を見てしまう。

こうした怪現象を唯不思議な事件と片付ける事は容易いが、実はそれぞれの事情を持った3人の人間が集まれば、それらの事情が複雑に絡み合い、世の中が暁天するような事件が瞬時に発生する、と言うような事も意外に多いのかも知れない・・・。

[本文は2015年6月8日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]

 

T・asada
このブログの記事は「夏未夕 漆綾」第二席下地職人「浅田 正」 (表示名T・asada)が執筆しております。

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